第27話 ヨハンの計画
「それから彼女と仲よくなったんだね?」
「うん。今となっては、それが良かったのかは分からないけど。彼女は、私の親友になってくれた。私の気持ちをちゃんと受けとめてくれて、唯一無二の親友になってくれたの。彼女は、本当に素敵な女の子だった。素敵な女の子だったのに!」
「ミレイ?」
「ねぇ、ヨハン」
「ん?」
「私、どうしたらいいんだろう? どうしたら、彼女の事を救えるんだろう? 私には、それがまったく分からない。その答えを見つけようと思っても、自分の頭がまったく働いてくれないの。ただ不安だけが、頭の中をぐるぐる回るだけで」
ヨハンは、その言葉に目を細めた。その言葉に不快感を覚えたわけではなく、彼なりに何やら考えているらしい。ケーキの欠けらを一口食べた動きからも、その雰囲気がうかがえる。彼は現状の問題点をあげて、それらの問題点をじっくりと考え、その答えを導きだす方法、「解決策」ともいえる
「ねぇ、ミレイ」
「なに?」
「アリスさんのお茶会には、どれくらいの女の子達がやってくるの?」
ミレイはその質問に驚いたが、それが意図する部分は気づかなかった。
「日によってマチマチだから、決まった人数じゃないけど。だいたい」
これくらいの人数である。そうミレイが示した人数は決して、多くはなかった。
「あまり多すぎると、パーティーになっちゃうからね。お茶会に必要なのは、貴族の礼節だから。パーティーみたいに馬鹿騒ぎするわけにはいかない」
「なるほど。
「うん」
「次のお茶会は、いつやるの?」
ミレイは、その質問に眉をあげた。質問の意図も分からなかったが、それを突然に訊かれて、どう応えていいのか分からなかったからである。
「あの子達の気持ちが変わらなければ、今度の木曜日になる筈だけど? どうして?」
「ああうん、ちょっと。これがうまくいけば」
「うまくいけば?」
ヨハンは、その質問に答えなかった。彼自身もまだ、その答えに自信を持てないでいるらしい。
「ねぇ、ミレイ」
「なに?」
「そのお茶会だけど、ミレイの屋敷で開けないかな?」
今度は、ミレイの方が押しだまった。彼の質問があまりに予想外だったからである。ミレイは彼の目をしばらく見ていたが、自分の思考を取りもどすと、不思議そうな顔でテーブルの上に目を落とした。
「開けない事は、ないけど? どうして? 私の屋敷で開いても、たぶん」
「うんう、まったく違うよ? 君の屋敷でやれば、そのお茶会は必ず開かれるから。不安要素が一つ減る。『いつものお茶会が開かれなくなる』という不安要素が」
「な、なるほど。それなら絶対に。でももし、そのお茶会に誰もこなかったら?」
「その時は、無理にでも集めればいい。彼女達の喜びそうな事、たとえば」
「たとえば?」
「彼女の悪口」
「ふざけないで! 私に『ハウワーの悪口をいえ』っていうの?」
「別に本気でいわなくてもいい。彼女達の同調意識を促せればね? 君はただ、お茶会の参加者を集めるだけでいいんだ。その後は、僕が」
「ダメだよ! ヨハンにはもう、迷惑はかけられない。この問題は」
「君だけの問題じゃない。今回の問題に関わった人達……それこそ、全員の問題なんだ。これに無関係な人なんていない。僕も、そして、君も。あらゆる人が関わっている。だから」
「で、でも!」
ヨハンは、その言葉に「クスッ」と笑った。それが彼女を落ちつかせる、「一番にいい方法」と思ったらしい。
「僕は、僕のやれる事をやる。自分の力を最大に使って」
「ヨハン……ごめん、ありがとう。貴方には、本当に」
「いや。僕は、君の相棒だからね? 自分の相棒が困っているなら、それに力を貸すのが相棒でしょう?」
ヨハンはまた「クスッ」と笑って、彼女に自分の計画を話しはじめた。その計画が一体、どういうモノだったのか? それをしっているのは、彼にその計画を耳打ちされたミレイだけだった。
ミレイは親友の家までいくと、不安な顔で親友が出てくるのを待った。
親友は、すぐに現れた。「屋敷の玄関に親友がきている」と聞き、急いで屋敷の玄関に向かったのである。
「ごめんね、待たせて」
ミレイは、その言葉に微笑んだ。
「うんう、大丈夫。二日ぶりだね?」
「うん」
「調子は、どう? 気持ちの方は、落ちついた?」
「う、うん、レーンさんが励ましてくれたおかげで。不安がまったくなくなったわけじゃないけど。あの時よりは、マシに」
「そっか、それならよかった。あの人はまだ、ハウワーの家にいるの?」
ハウワーは、その質問に首を振った。それが少しさびしそうに見えたのは、決して偶然ではないだろう。彼女は「クスッ」と笑って、親友の目から視線を逸らした。
「昨日の夜に出ていった。『貴方の気持ちも、だいぶ落ちついたようだし』って。アタシとしては、もう少しいてほしかったけど。彼女にも彼女の用事があるだろうし。無理に止めはしなかった。今回の事は、彼女の完全な厚意だからね? その厚意にいつまでも甘えているわけにはいかないよ」
「そうだね、確かに。これからは、自分の足で」
「ミレイ?」
「ねぇ、ハウワー」
「なに?」
「今日、これからなんだけど。予定は、なにかある?」
ハウワーは、その質問に目を見開いた。質問の意図がまったく分からなかったからである。
「べ、別にないけど? なにか」
「そう。なら、よかった。それじゃ、私と一緒にきて?」
ハウワーはまた、彼女の言葉に驚いてしまった。
「え? い、今から?」
「うん、今から。そうでないと、彼の計画がダメになってしまう。だから、一緒にきて? 貴方には少し、やってもらいたい事があるの」
ハウワーは、その言葉に戸惑った。やってもらいたい事とは、なんなのか? それがまったく分からなかったからである。彼女は不安な顔で、親友の目をじっと見はじめた。
「それは、どうしてもやらなきゃダメなの?」
「うん、絶対に。これはハウワーの、これからの人生に関わる事かもしれないから。絶対に逃げちゃいけない。私も、その運命から絶対に逃げないから。ハウワーも」
ハウワーはその言葉に戸惑ったが、「自分の人生に関わる事」と聞くと、自分の心がどうしても揺れうごいてしまって、最初は「う、ううう」といいよどんでいたものの、最後には「分かったよ」とうなずいてしまった。
「ミレイの言葉に従う。アタシも、自分の人生から逃げない」
「うん!」
ミレイは「ニコッ」と笑って、通りの方に視線を移した。
「あっちに馬車を待たせているから。そこまで一緒にきてもらえる?」
「う、うん、分かった。うちのお母さんに許しをもらってくるから。ここで、少し待っていて」
「うん、待っている。あんまりあわてなくてもいいよ?」
「ありがとう」
ハウワーは家の中に戻って、自分の母親に「ちょっと出かけてくるね?」といった。
「そんなに遅くはならないから」
「そう、遅くならないならいいけど。例の事もあるし。嫌な事がもし、あったら」
「分かっている。その時は、すぐに帰ってくるよ」
「なら、いいわ。気をつけていってらっしゃい」
「うん! いってきます」
ハウワーは「ニコッ」と笑って、家の玄関に戻った。玄関の前ではもちろん、親友が自分の事を待っていた。
「お待たせ、ミレイ。お母さんの許しをもらってきたよ」
「そう。それじゃ、いこうか?」
ミレイは、約束の馬車まで彼女を導いた。馬車は通りの隅に止まっていたが、ミレイが馬車の中にハウワーを導くと、その主人であるミレイも乗せて、町の道路をスッと走りだした。ミレイは、ハウワーの真向かいに座った。
「久しぶりに乗ったでしょう? この馬車」
「うん。最近はずっと、一人で歩いていたからね。馬車に乗るのは、久しぶり」
ねぇ? と、ハウワーはいった。
「乗ってからあれだけど。この馬車は一体、どこにいくの?」
ミレイは、その質問に微笑んだ。彼女としては、その質問をずっと待っていたらしい。
「もちろん、私の屋敷だよ? これは、うちの馬車だからね? ハウワーにはそこで、ある衣装に着替えてもらう」
「ある衣装?」
ハウワーは不思議そうな顔で、親友の顔をじっと見た。彼女の事を疑っているわけではないが、「衣装」の部分がどうしても気になってしまい、本当は「ふうん」と受けいれたかったにもかかわらず、親友の顔をまじまじと見てしまったのである。
「それも、アタシの運命に関わる事なの?」
親友の答えは、「もちろん」だった。
「凄く関わっている。これからやろうとする事は」
「ふ、ふうん。そうなんだ」
ミレイは、その言葉に「ニコリ」とした。これもまた、親友にいわれたかった言葉らしい。
「この計画はね、ヨハンが考えたんだよ」
「ロジクか?」
「そう、今の状況を変えるために。ヨハンは、自分のやれる事をやろうとしている」
ハウワーは、その言葉に胸を打たれた……だけではない。改めて、親友の事を「うらやましい」と思った。ヨハンと特別な関係にあった親友の事を、そして、自分はヨハンとは特別な関係にならない事を。初めて覚えた感情から、それをはっきりと感じてしまったのである。彼女は自分の失恋(のようなモノ)に思わず泣きかけながらも、穏やかな顔で親友の顔を見かえした。
「凄いね? ロジクは」
「うん、本当に凄いと思う」
ミレイは「ニコッ」と笑い、ハウワーもそれに笑いかえした。二人は互いの顔をしばらく見あったが、ミレイの屋敷が見えてくると、真面目な顔でその玄関を見はじめた。
ミレイは、馬車の御者に視線を移した。
「馬車は、玄関の前で停めて」
御者の男は、その指示に従った。
「お待たせいたしました。降りる時は、お足元に気をつけください」
「ええ、もちろんです。ありがとう」
ミレイはステップの上に足を乗せて、馬車の中から降りた。ハウワーも、その後に続いた。ミレイは自分の後ろに親友を連れて、家の中に入り、自分の部屋まで親友を連れていった。彼女の部屋は、華やかだった。部屋の壁には見事な装飾が施されていて、ベッドの手すりはもちろん、椅子の骨組みにも高い材料が使われていた。
ミレイは、親友の顔に視線を戻した。親友は、部屋の中をじっと眺めている。
「どうしたの?」
「あ、うん。『相変わらずの部屋だな』と思ってさ。アタシの部屋とは、まったく違う。アタシ部屋は、ちっとも女の子らしくないからね」
ハウワーは、親友の横顔に視線を移した。「部屋の美しさに酔いしれるのはここまで」と、そう内心で思ったようである。
「それで、なにに着がえればいいの?」
その答えは、すぐに分かった。ミレイが部屋のクローゼットを開けて、彼女にそれを見せたからである。ミレイは衣装の表面を撫でて、そこにたまたま付いていたほこりを取った。
「これだよ」
「道化師の、衣装? そんな物を着て、一体?」
「
「余興?」
「そう、余興。今日はね、私の家でお茶会が開かれるの。その主催者はもちろん、この私。お茶会のお客様は」
「ま、まさか!」
あの子達を呼んだの! と、ハウワーはいった。
「あんな事があったのに! これじゃ」
「大丈夫」
ミレイは穏やかな顔で、親友の肩に手を乗せた。
「それを着れば、絶対にばれない。『彼』も一緒に変装してくれるしね? ハウワーは、堂々としていればいいの。自分に自信を持って」
「う、うん。分かった。正直、不安だけど。なんとか頑張ってみる」
「うん!」
ミレイは、クローゼットの中から衣装を取りだした。
「それじゃあ早速、この衣装に着替えて。化粧の方もついでにするから。あの子達にばれないように」
「う、うん。よろしく」
ハウワーは親友の前で、自分の服を素早く脱ぎはじめた。
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