再会
溢れんばかりの熱気の中で学園祭は幕を閉じた。昨年より客足は減ったようだが、これだけの賑わいを見せたのなら万々歳だろう。
一が野外のテントやパイプ椅子を片付けていると、クラスの後片付けを終えた翔太がやってくる。手伝いに来たのかと思ったが、どうも不安そうな顔つきなので心がざわめいた。
「智見てない?」
「智? あいつクラスの片付け担当だったと思うけど」
「それがいつまで経っても来ないんだよね。片付け自体は終わったんだけど······。だからこっちいるのかなって」
翔太の言葉に眉が引き攣る。あの社交的な智が誰にも知られず居なくなるなど珍しい。二年の夏希がそばに居たので訳を話すと、片付けはやっておくから探してきて良いと言われた。相変わらずお人好しな先輩である。ありがたく礼を言い、翔太と二人で行方を探しに行くことにした。
しかしながら、外に居なければクラスにも居ない。一体どこへ消えたのかと思い、最後に智と別れた体育館へとやってきた。先程の熱気が嘘のように静まり返る体育館は、やはり人っ子一人いない。一応職員室に行くかと足を返しかけた時、カタリと小さな音がしたので振り返る。翔太には聞こえなかったのか、彼は「なに?」と首を傾げた。
「いや······」
音の出どころはイマイチ掴めなかった。しかし、どうもステージ近くのようである。もしかしたら、発表前に控えていた用具室にでも忘れ物をしたのだろうか。それを探しに来て鍵をかけられたらひとたまりもない。
翔太に声をかけて用具室へ近づく。予想に反して鍵はかけられていなかった。手をかければすんなりと開いた扉に顔を見合わせる。それでも一応確認しとくかと中を覗き込んだ。その時だった。
「!?」
思わず目を見開いた。仄暗い用具室の中で、一人の生徒が壁に押さえつけられている。首にかかった手を辿れば、一回り背の高い影がぐるりとこちらへ顔をまわして口の端を吊り上げた。
「あー、見つかっちゃった」
鬼に見つかった子供のような声音だった。埃舞う空気の中で、差し込んだ西日が彼の顔を照らす。浮き上がった顔は、元生徒会長の
「やっぱり君か。さっき顔良く見えなかったんだよね」
吉人が楽しそうに笑う。
「ちょうどいいや。君の前で復讐できるなら本望だよ」
「復讐?」
吉人の言葉が耳に引っかかる。しかし、そんなことに構っている場合ではない。一はギリと歯を噛むと、「智を離せ。どういうつもりですか」と声を張る。
「どういう? お前が一番分かってるんじゃないのか? なあ、鎌足」
吉人の声が鼓膜を揺らす。背筋に虫が這った心地がした。今この男は自分のことを鎌足と読んだのか? その事実に驚愕する。
しかしどうも顔が思い浮かばない。自分の前世を知っているということは、きっとあの時代にいた人物なのだ。一は吉人を見つめながら眉を寄せる。どうにも頭に靄がかかっているようで、額の奥が締め付けられる心地がした。
「なんだ。思い出してくれないなんて」
一の様子を見かねたのか、吉人が嘲るように笑う。
「古人だよ。
耳を揺らした名前に一人の男が蘇る。古人大兄皇子。葛城の異母兄で、皇位をめぐって対立した皇子の一人だ。
そうか、古人か。鎌足はさして古人と親しいわけではない。顔だってよく見たことがなかった。だからこんなにも記憶を探ろうと思い出せなかったのだ。それに気づいて眉を寄せた瞬間、ふと苦しげな智の呻き声がしてハッとする。
「待て、智の前で余計なこと言うな。智も何も考えなくていい」
首を押さえられたまま身動きが取れない智を見て、一はピシャリと叫ぶように言った。智に必要のない記憶など蘇らせたくはない。いい加減放せと言ってみたが、吉人は聞く素振りも見せなかった。「ふーん?」と笑みを深めると、「なんで? やっぱり覚えてないの?」と智を見遣る。
まるで不思議な光景だった。いくら背が高いとはいえ、明らかにひょろりとした吉人の腕などスポーツをする智からすれば簡単に押し返せる代物だろう。しかし、いくら押せども引けども吉人の身体が揺らぐことは無かった。
次第に智の顔に汗が滲む。一が助けに行こうとすると、吉人は笑って腕の力を強めた。
「やめてよ。お前らにやる慈悲はないんだよ。むしろこっちは最期までお前らに気を使ってやったんだ。いい加減気づいてくれる?」
目の前の吉人は、最後に見た古人とは性格が異なっているようだった。訳が分からい様子の智を見下ろすと、明確な恨みを持って垂れ気味の目をつり上げる。
「それなのに何も覚えてないとか言わせないから」
吉人の声に沼のような深い響きが混じった。それはじわじわと泥のように広がり、智の耳を蝕んでいく。「ねえ」とかけられた振動が智の鼓膜に届いた。一が止める間もないまま、吉人の口が薄く開かれる。
「覚えてるよな、
智の目が大きく開かれた。突然訪れた過去との交錯の中で必死に思考を止めようとしている。しかし、記憶が蘇り始めていた智の中で、その逆行を止めることは出来なかった。
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