生徒会長


 突然のことだった。今まで音沙汰のなかった生徒会長の登場に、皆がヒソヒソと顔を見合わせる。

 しかし当の吉人よしひとは動じる気などないらしい。真っ直ぐに秦也を見つめると、「せっかくなら他のパフォーマンスも見せてよ」と薄い笑みを浮かべた。

「そっちこそ雰囲気変わったじゃない。そんなに積極的じゃなかったと思うんだけど」

「関係ないでしょ。そこの一年生たちのおかげ?」

 吉人の瞳がこちらを捉えた。そこに見えたのは黒く澱んだ執念で、一は眉を顰める。彼とは初対面のはずなのだ。しかし、微笑の奥にあるうねりがこちらに向いている気がして思わず智を庇った。

 それを見ていたのか、秦也は少し感心するように笑って、吉人の元へ近づき始める。

「まあ今年の一年生が優秀なのは認めるよ。でも学園祭で何かしたら、って話は前から提案してたよね? 断ってたのはそっちなんだから今更じゃない?」

 秦也にずいっと迫られて、吉人は少々怯むように身を引いた。明らかな嫌悪感を滲ませながら「うるさいよ」と眉を顰める。

「あの時は賛成する子いなかったんだから当然でしょ。嫌なことを無理やりさせられるわけないじゃないか」

「えー? 今年も智くん以外乗り気じゃなかったんだけどね。やる気にはさせるもんだよ、指導者なら尚更」

「そうやって引っ張られるのが嫌な子だっているだろ。勝手なこと言わないでよ」

「どうしても嫌な子にはさせなければいいんじゃない? 僕だって皆が納得したからステージに立たせたんだよ」

 秦也の言葉に、葵が「は?」となにか言いたそうな顔をした。しかし秦也は無視すると決めたようで、吉人から顔を離すと「今更何の用だか知らないけどさ」と目を細める。

「邪魔するなら来ないでくれない? それにアンコールは無理だよ、時間決まってるんだからさ」

 秦也が「ねえ?」とステージ上の吹奏楽部に同意を求める。突然の事態に固まっていた金管楽器のアンサンブル奏者たちは、ただ顔を見合わせて困ったように口を閉じた。観客たちも、唐突に始まった内輪もめに対して戸惑いの目を向け始めている。


 何故吉人がこんなことをしたのか分かった気がする。要は困らせたいのだ。突然の無茶振りをして慌てさせるなり、タイムスケジュールを崩させるなりしたかったのだろう。

 それに秦也も気づいたのだろう。注がれる視線をふーんと見渡すと、何か考え込むかのように顎に手を当てる。しかしその瞬間、横にいた智がギリと歯軋りをしたかと思うと、「おい、お前なんなの?」と吉人の元へ進み出た。

「あ、バカ! 智!」

 慌てて止めようとしたが間に合わない。智はフンと鼻を鳴らすと、二つ上の先輩である吉人にも強気な視線を向ける。そしてざわめきはじめた観衆たちの中で、「元生徒会長とか言われてるけどさ」と腕を組んだ。

「今は部外者なんだろ? なら口出しすんなよ。俺らが決めて俺らがやった事だ。嫉妬だかなんだか知らねぇけど邪魔するなら二度と来んな」

 辺りがしんと静まり返った。あーあ、と言いたげな秦也の横で、智はツンと胸を張っている。

 吉人は少し驚いたように智を見ていたが、次の瞬間ゾッとするかのような笑みを浮かべた。積年の恨みが今溢れ出したかのような、そんな悲しみと憎しみに溢れた人間らしからぬ笑みだった。

「ふふ、やっぱり変わらない」

 突拍子もない言葉に智でさえ顔を崩した。なんだコイツは、と怯んだところで吉人は畳み掛けるかのように口の端を持ち上げる。

「お前みたいなやつは良いだろうね。何でもかんでも突っ走って前向いてりゃ皆ついてくるだろうさ。その強気な性格で無理やりそうさせればいいんだから」

「なっ······」

 智はギリっと眉を寄せる。

「それに行き過ぎてもずっと優秀なやつが傍にいてくれる。消されたりなんかしない」

 吉人はそこで一を見ると、フッと嘲って見せた。一体何なのだ。まるでこちらの素性を知っているかのような物言いに些か怖くなる。明らかにこちらを傷つけようとする悪意が見えて、胸の奥がざわりと揺らめいた気がした。

 智が再び牙を向いて吉人に掴みかかろうとする。しかしその瞬間、パチンと何かが弾けたような音がした。


「これも生徒会のパフォーマンスの一つですか?」


 ステージの上でパチパチと小気味良い音が響く。拍手だった。皆が視線を動かすと、一度見たことのある男がこちらを見ながらにこりと笑っている。

「古野くんと言いましたね。確か音楽選択じゃありませんでした? 久しぶりに会えて嬉しいですよ、貴方の歌は響きが良くて好きでした」

「······何ですか? 藤川ふじかわ先生」

 吉人が戸惑ったように勢いを無くす。そこにいた音楽教師の藤川は、前に廊下で見た時と変わらず、綺麗な笑みを浮かべて「ふふ」と上品に目を細める。

「河上くんの言う通り時間が押しているものですから。生徒会のアンコールはまあ後ろに回してもいいとして、とりあえずこっちが発表させていただいても? 今日の金管の子たちは格別ですよ、ぜひお聞きください」

 しなやかに揺らぐ白藤のような声だった。しかしそこにあるのは有無を言わせぬ美しい圧で、辺りは水を打ったかのように静まり返る。

 そんな中、ニヤリと笑ったのは秦也だった。「それはもう。ごめんね吹部の皆」と首を傾げる。しかし続けて藤川の名を呼んだ彼の口から、とんでもないセリフが飛び出した。

「せっかくならさ、僕が吹部の演奏に合わせて踊ろうか。それならわざわざアンコールの時間とらなくても問題ないし。確か発表曲J-POPだったよね」

 皆が目を丸くした。今この男は即興で踊ると言ったのか? 秦也とて振り付けなど用意しているはずがない。

 しかし、目の前で「どうです? 藤川先生」と言ってみせる彼からは、確かな自信が読み取れた。なんという人だろう。一はぽかんと口を開ける。

 しかし藤川はさほど驚きもせずに「ほう?」と唇を綻ばせる。そして、「この子達が良いと言うならば」と演奏者を見た後、その申し出を承諾してしまったのだった。







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