学園祭開幕
色とりどりの装飾と耳を覆う華やかな声。年に一度のイベントは歓声に包まれていた。
中学校までの文化祭とはまた違う賑わいに、一はさながら祭りのようだと思う。コスプレをして高い声を上げる呼び込みの生徒たちも、それを遠巻きに見ている気だるげな道具係も、全てが非日常で胸が浮ついた。
あまりこの手のイベントは得意では無いのだが、別に楽しくないわけでもない。いつもとは打って変わってめかしこんだ校舎を見上げ、一はふうと息を吐いた。
「はーじめーっ! 楽しんでるかー!?」
聞きなれた太陽のような声が耳にぶつかり些か眉を寄せた。続けざまに体当たりをしてきた智を受け止め、「はいはい楽しんでる楽しんでる」と軽くあしらってやる。
智はこの場にいられるだけでも楽しいのか、まるで小学生であるかのようににこにこと冷やしパインを齧っている。既に焼きそばやら輪投げの景品やらといくつもの戦利品を腕に下げ、持ちきれなかった分の対処法として荷物持ちの山田を従えている。さながら戦に勝利した一国の主のようだ。
彼はそのまま冷やしパインを口に咥えると、「ひょーはんとこ行こ」と両手でズルズルと一を引っ張る。確か翔太はクラスの出し物の方へ出ているはずだ。されるがままに教室へ向かえば、「キャー!」と黄色い悲鳴がぶつかってくる。衝撃にたじろぎながら視線を動かすと、エプロン姿の翔太が小さな男の子を抱えて女子たちに囲まれていた。
「翔太くんお兄ちゃんみたーい!」
「いいなぁ私も抱っこしてほしーい」
「いや翔太くんのスリム体型であんたなんか抱えられるわけないでしょ」
キラキラとした女子の声に、当の翔太は困ったような照れ笑いを浮かべている。さすがはイケメン御曹司と言うべきか。小学校の頃から変わらず持て囃される彼に、少々哀れみの目を向ける。あんなに騒がれては生きた心地がしないのではないか。一としては可哀想だと思うのだが、横で拗ねた顔をしている智が目に入って口を開くのをやめた。
「なんかあいつばっかモテてんだよムカつくな」
智は口癖ともなりつつある言葉を零す。こちらも小学校にいた頃からなんら変わらない。智とて幾万ものラブレターを貰っているはずなのだが、それでも翔太が持て囃されているといつも不機嫌な顔をした。要は自分が目立ちたいのだろう。女子に囲まれるにしても、翔太と話すにしても、自分のことを一番に見てほしいのだ。些か子供らしいところだが、それが魅力でもある。彼にはどこまでも真っ直ぐ素直でいて欲しい。まあ、だからといって翔太に突っかかっていかれると仲介が面倒なのだが······。
「あ、智! 一!」
こちらに気づいたのか、翔太が助けを求めるように近寄ってきた。お客らしい男の子に微笑むと、「こっちのお兄ちゃん高い高いしてくれるぞー」と腕の中の彼を智へ引き渡した。
「うおっ、なんだなんだ」
「橋田さんの従兄弟なんだって。智子供好きそうだからさ」
空になった腕をさすっているところをみると、ただ単に疲れただけなのだろう。智もそれを悟ったのか、「お前筋力ねえかよ」と呆れながら男の子を受け取る。
「よーしよしよし、楽しんでるかー?」
智が少年を抱えながら教室の中へ入っていく。またあがった歓声と無邪気な笑顔を横目に、翔太が「生徒会どう?」と問いかけてきた。
「ん、まあどうにかなりそう」
「ほんと? 二人が踊るって聞いてシフト空けといた」
翔太は安心したように笑うと、「割と期待する声も大きいんだよ」と盛り上がっているクラスメイトたちを見やる。
「最初はみんな不安がってたけどさ。まだ俺ら一年だしお前らも信頼されてるし、学年内では気にする人あんまりいなさそう」
生徒会に関する噂話を気にかけていたらしい。一としてもそこは心配していた。まだ高学年には煙たがられている気配があるが、今教室の真ん中で笑う智やクラスメイトを見ているとほっとする。生徒会役員だというだけで、積極的な智が非難の的になっては困るのだ。広がりの速い噂や偏見に生活が左右されるなどまっぴらごめんだ。
「よーし、ステージ準備行ってくるわ! 皆も後で来いよー!」
ひと通り遊び終えた智の声が溌剌と響く。盛り上がる人の輪を駆け抜けてきた智が一の肩を叩いて教室を出た。そんな彼に引っ張られるように口を緩めると、「ステージ楽しみにしてる」と笑う翔太に見送られて人のごった返す廊下へと一歩踏み出した。
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