常世の神



「いちにさんし、にーにっさんし······」

 秦也の手拍子に合わせて身体を操る。学園祭で見せるダンスも段々様になってきた。一時期はどうなることかと思ったが、それぞれ個人レッスンも受けたので見苦しさはだいぶ落ち着いた。このまま練習を続ければまあ人前で恥をかくことは無いだろう。

 高々と昇った太陽が真夏の昼を告げる。夏休みとはいえ、部活もあるからか校内には人の声が響き渡っていた。時計の針が十二時をさしたので皆で生徒会室へと向かう。昼食は弁当やコンビニのおにぎりなど様々だったが、決まって皆で食べるようにしている。今年度の生徒会にとっては今ここへ来ている五人が最後の希望なのだ。普段のたった半数だが、それでもどうにか学園祭の準備を進めることが出来ている。

 それに秦也の予想通り、段々とあの殺人事件のことも忘れられ始めていた。まだこちらと関わりたがる生徒はいないが、誹謗中傷はずっと減った気がする。それゆえに、学園祭を成功させることがただただ一つの目標となっていた。

「ねえ来年誰が生徒会長するのさ」

 パンを頬張っていた秦也が唐突に呟いた。一たちが二年の二人を見れば、案の定「私は嫌ですよ」と葵が口火をきる。

「えっ、でも僕だって生徒会長なんて出来ませんよ! 荷が重いです」

 夏希がわたわたと肩を縮める。彼は今年から生徒会に入ったようで、経験値でいえば一年生と同じだ。それに穏やかだからこそ目立つことは苦手なのだろう。あまり人前へ立とうとはしなかった。きっとサポートが上手いタイプなのだと思う。リーダーとして皆を先導するよりは、真摯な性格で皆の心を集める方が得意なように見えた。

「えー? でも一年生にやらせる訳には行かないでしょ? まあ新入りくんとかが来るなら別だけどさ」

 冬が来れば新たに生徒会の人事が決められる。その際生徒会長に立候補してくれる人がいればいいのだが······というのが秦也の意見だった。

 一としては葵が良いと思うのだ。本人は嫌がっているが、彼には人をまとめる力があると思う。それを何となく感じているのか、智も「いいんじゃないっすか? 葵先輩で」と呑気に焼きそばパンから溢れた麺を啜った。

「ってか今の生徒会長何なんすか? 学園祭の前くらい顔出してもいいじゃないっすか」

「でもねえ、あの子結局自主退学したみたいだから」

「え、マジで退学したんですか。その人何にも悪くないでしょ。なんでその人が退学しなきゃならないんすか」

「智くんならそんな事しないだろうけどねぇ。でも人が死んでるんだよ自分の周りで。辛い人は辛いさ」

 秦也の言葉に智が押し黙る。今の彼はまだ身近な人の死を経験していないようだった。元気な祖父母と明るい家庭。そんな環境に囲まれているからこそ、納得がいかなくても反論できなかったのだろう。

 ふと翔太の言葉を思い出した。智が前世を思い出しかけているかもしれない、と。今の様子を見ると、やはりまだ記憶は蘇ってないらしい。一はそれが良いと思った。彼の目に血潮が映るのはどうも気が引ける。それだけ目に宿してきたのだ。周りの人間が息絶える姿を。それはもう過去の話で良い。今を生きる葛野智にはきっと関係の無い話だ。

 ふと顔を上げると秦也と目が合った。彼はにやりと瞳を細めると、意味ありげに口の端を持ち上げる。

 何だか心を読まれたようで背筋が寒くなった。しかしそれでいて、学園祭が終わればいなくなってしまう彼に縋りたい気持ちもある。もしも智が昔のことを思い出したら、それで何かトラブルが起きたら、きっと自分は秦也に助けを求めるだろう。今現在、そんな気がしてならなかった。

 長い間飛鳥の歴史に目を通した彼は、きっと昔から変わらぬ人だったのだろうと思う。上宮と話している秦也を見るとつくづく思うのだ。鎌足としての自分に話しかけてきた時の彼と、上宮と話している時の彼はほぼ同じ瞳をしている。ということは、厩戸が生きていた時から彼の立場や性格があまり変わっていないということ。それが常緑の松のように、揺るがない柱になっている気もした。


 ──太秦うづまさは神とも神と聞こえくる 常世の神を打ちきたますも


 河勝を称えた歌が蘇る。もしかしたら彼こそが常世の神だったのでは。そんな空想にふけっていたが、軽く頭を振って息をついた。何をとりとめもなく考えているのだろう。

 食べかけの卵焼きをまた一切れ口に含む。しかしやはり、智の戯言にケラケラと笑う秦也の顔がどこか頼もしく見えるのも事実であった。












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