第五話「太陽に向かう花咲かせ」

夏到来


 一学期の終業式が終わった。三学期制のあおおか高校はこれから待ちに待った夏休みに入る。毎日の部活や課題に嘆く声、友の家族旅行を羨む声。夏を迎えて浮かれた色が、青い教室の窓から飛び出さんばかりに溢れていた。


 そんな中、はじめさとしはエアコンもない生徒会室で黙々とホッチキスの針を詰め替えていた。二年のあおいが資料をまとめるというので前準備を任されたのだ。

 一は最近気づいたことがある。ここでは葵が意見役ということだ。何の仕事をするにつけても、彼がテキパキと下に指示を出してはさっさと切り上げて帰っていく。行動自体は優秀な上司といったところだが、如何せん葵の気品が高いのでさながら国の主のようだった。

 噂をすればやってきた葵に二人は頭を下げて挨拶をする。彼は相変わらず表情に乏しい男だった。一のように無愛想で寡黙というよりは、冷たい薔薇のような美しさがある。これが容姿の不公平さか、などと思いながら、一は隣の智に目を向けた。

 対するこの男はまさに王のようだと思っていた。それは昔も今も変わらない。彼は行動力と自信ゆえに暴君のようだと言われることもある。いや、確かに彼が踏み潰した花は数知れないだろう。しかし、それが出来るほどに自分の足で歩こうとする。己の意思で、己の力で、強く地をふみしめるだけの気概がある。それこそがこの男の美しさであり、自分が惹かれたところなのだと思う。使いっ走りにされる度に面倒臭い男だとは思うが、それでも長く傍で歩いてきた。それが己の根底にある彼への信頼と尊敬の表れなのだろう。一はそう思ってきた。


 見られていることに気づいたのか、智が「あん?」とこちらを見る。きょとんとした吊り気味の瞳に、懐かしい陽炎の面影を見た気がした。

「なんだはじめ、顔に何かついてるか?」

「いや、こっち終わったから手伝うことないかなって」

 曖昧に誤魔化せば、「早っ、お前ホッチキスのプロかよ」などとおだてられつつ智の仕事が回された。いつも仕事を増やされる気がするのだがご愛嬌といったところだ。身体的には疲れるものの、特段手助けや尻拭いをするのに嫌な気は起きない。それもまた彼の不思議な魅力かと思っていたが、翔太しょうたに告げた時は「お前が盲目なだけだと思う」と呆れた顔をされた。自分が執着しすぎているのだろうか。他人を客観的に見るのは得意だと自負しているが、どうも自分を見つめるのは苦手だった。

「おおっ、皆やってるね」

 前触れもなく三年の秦也しんやが入ってくる。後ろにいたのは担任かつ生徒会担当になったらしい上宮うえみやだった。秦也と上宮は顔馴染みのようで、最近親しげに話しているのをよくみかける。しかし教師と生徒というよりは、一人の大人と一人の大人といった雰囲気をしているため割って入ることなど出来なかった。

 一たちが挨拶を返すと、秦也は相変わらずのにやけ顔でふんふん黒板に予定を書き始める。そう言えばもう七月も終わる。学園祭まで一ヶ月をきった中、するべき仕事は腐るほどあった。

「ねえ智くんたちさぁ、今週中に一年生の各クラス何するか聞いてきてくれなーい? 基本的に一年生は飲食店禁止だからそんなに準備するものないと思うけど」

 秦也がパンパンとチョークの粉を叩きながら言う。結局一年生で生徒会へ来たのは智と一の二人だけだった。全六クラスをまわるなど面倒臭いが、まあ致し方ないだろう。智の交友関係が広いので、そのツテを使えば比較的簡単に全クラスを把握できると思った。案の定、智が「いっすよー」と軽いノリで返事をする。

「あとは二年生だよね。葵も夏希なつきくんもあんまり広く浅くなタイプじゃないから回るの大変そう」

「失礼ですね。親しい人が少なくても声がけくらい出来ますよ」

 また始まった秦也と葵の小競り合いに智がヒュウヒュウと野次を飛ばす。どうもこの二人は反りが合わない······というよりも葵が一方的に秦也を嫌っているようで、口喧嘩が日常茶飯事だった。どちらも人を煽るのが上手いのだ。一からすれば同族嫌悪じゃないかと思っているが、そんなことを言えば「あいつと一緒にするな」と葵に叱られるのだろう。それが目に見えているので一は彼らを放っておくしかなかった。

 その点、上宮には不思議なところがある。教師という職業柄もあるのだろうが、彼は秦也と葵を扱うことに対して妙に手慣れていた。人を使うのが上手いというよりも、あの二人に対して長年の慣れがあるようにも見える。それが不思議だった。秦也は上宮を慕っているようであるし、彼に従うことに嫌悪感はないのだろう。一方の葵は上宮を好いていないようだが、それはそれで避けている様子もない。常に横にいたからこその無関心が働いている気がして、最近葵と上宮の関係を見極めあぐねている。上宮が厩戸うまやと、秦也が秦河勝はたのかわかつだとしたら葵も何か縁がある人物なのだろうか。そんなことを考えながら、再びホッチキスに針を詰め始める。

 何だか不思議だ。生まれ変わってまで共にいるなどドラマや御伽噺の世界だと思っていた。それがこうも身近に頻発しているのが妙にも思えた。

 聞こえ始めた蝉が耳に刺さる。忙しない夏がやっと始まったような心地がした。











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