偶然


「あっ、はじめまして〜」

 写真の主と待ち合わせをしていたファミリーレストランに行くと、入口を通って直ぐに声をかけられた。レジ脇にある四人がけのボックス席。そこに座っていたのは制服を着た一人の少年で、にこやかに笑いながら手を振っている。

 思わず後ろを確認したが他の客の姿はない。声をかけられたのが確実に自分たちだと気づくや否や、智と一は何故顔を見ただけで分かったのかと眉を寄せた。それを思わず問いかけてみるが、少年は「んー?」と目をきょとんとさせて首捻る。

「いつも駅前で挨拶してくださってるお兄さん達ですよね。よく通る声をしていて凄いなあと思ってたんです」

 まるで緊張感のない間延びした声であった。彼の内側から溢れ出る穏やかな光が麗らかな春を彷彿とさせる。雰囲気に引き寄せられるように向かいの席に座れば、「あ、ドリンクバー頼んでますのでご自由にどうぞ〜」と呑気に声をかけられる。

「おっ、気が利くな」

「こらこらまてまて」

 すぐさま立ち上がった智に対し、一は服の裾を引っ張りつつ頭を抱えた。今日ここへ来たのは彼へお礼をするためなのである。こちらが奢られてどうするのだ。

 すみませんといいながら相手をうかがうと、彼はあははと楽しそうに肩を揺らしている。どこまでも気長な少年の様子に一まで気が抜けてしまった。

「それで······写真を撮ってくださった方で合ってますか?」

「そうですよ」

 一はまじまじと彼を見つめる。あの時間に駅前で写真を撮っているなど新聞記者か鉄道好きの大人だと思い込んでいた。しかし濃い紺色をした制服が地元の中学校の名を告げている。中学生ならあの時間帯は登校の真っ最中だったのだろう。まずはお礼を言うべきなのだが、それよりもなぜあんなところで人波の写真を撮っていたのかが気になって仕方なかった。

「あ、飲み物じゃなくてご飯が良かったですか? メニュー表ならここにあるんですが生憎お小遣いが少なくて······」

「いやいや奢らなくていいんですよ。むしろお礼を言いに来た私たちが奢る側ですので」

 一が慌ててメニュー表を相手へ向けると、彼は「それもそうですかぁ」と笑い始めた。天然というのだろうか。不思議な雰囲気を持っている彼を見て、この人ならなんでもない写真を撮っていそうだなと瞼が下がる。

「そうだそうだ! お兄さんのおかげで俺らの疑い晴らされたんっすよ! ほんとにありがとうな」

 やっと目的を思い出したかのように、智が少年の手を取ってブンブンと振ってみせる。彼はきょとんとしたものの、直ぐに嬉しそうに「いえいえ〜」と口元を弛めた。

「たまたま授業のために写真撮ってたんですよ〜。今度の総合学習で駅前に花壇作ることになりましてね、どの辺りがいいかなあって視察してたんです」

 なるほど、授業の前準備か。線路も電車も写ることのないただの駅前の風景に違和感を持っていたが、やっと合点がいった。しかし智が注目したのはそこではなかったらしい。「花壇?」と片眉をあげると「なあそれ手伝ってもいいか?」と突拍子もないことを言い出した。

「ええ?」「はあ?」

 重なった声が智にぶつかる。しかし彼は「ちょうどいいじゃん」と目を細めた。

「お礼したいしさ、秦也しんや先輩にいって花の苗贈ろうぜ」

 一は慌てて止めようとしたが、それよりも先に「いいんですか〜?」という呑気な声が上がる。

「うちの中学校お金ないんですよねぇ。花壇作るための費用は空き缶回収の貯金で賄えるんですけど、花の苗買う分足りなかったんですよ〜。それで生徒からお金募るかって案も出てて正直困ってたんです〜」

 何故偶然というものはこうも重なるのだろう。一が眉を寄せるのも束の間、案の定智が「ちょうどいいじゃねえか」と顔を明るくさせる。

「汚名返上といこうぜはじめっ!」

「いやまず双方の学校に連絡とって······」

「細かいこたぁ後で考えればいいんだよ。持ち帰って相談な!」

 こうなった智が聞く耳を持たないことは知っている。頭が痛んだ気がしてため息が出たが、智と少年はノリノリで握手を交わしていた。

「そういやお前名前なんていうんだ? 俺は葛野智くずのさとし。で、こっちが藤田一ふじたはじめ。青ノ丘高校の一年」

「あ、一年生の先輩ですか! なら尚更御一緒したいです〜! 私、梅山うめやま中学の三年生なんですけど、来年青ノ丘高校受験したくて······」

 そうにこやかに目尻を下げると、少年は二人に向かってぺこりと頭を下げた。

村上成明むらかみなりあきといいます。成功の成に明るいでなりあきです。改めてよろしくお願いします」

 なんと奇妙な縁であろうか。お礼を言いに来ただけのつもりが来年の入学生を育て上げてしまった気がする。いや、決して悪いことでは無いのだ。しかし落ち着く間もなく仕事が増えていくような気がして、「おお! 新入生歓迎だぞー!」と白い歯を見せる智を横目に、一はもう一度心の底からのため息をついた。










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