第四話「嵐掻き分け手を伸ばせ」

幸運


「おはよ」

 取り留めもない会話が溢れる朝の教室。ざわめきの中で背後から聞こえた声に振り返ると、首にガーゼを付けたままの翔太しょうたが片手を上げていた。はじめは目を丸くした跡、「もう大丈夫なのか?」と眉間を寄せる。怪我を負ってからたったの三日で登校してくるとは思わなかった。

「大丈夫。血止まったし」

「そう? ってかよく登校するの許したな燕二えんじさん。一週間くらい外に出さないと思ってた」

 信じられないものを見る目で翔太を見つめると、彼は机にカバンを乗せながら苦笑した。

「ばあやと一緒に説得してきた。テスト返却気になるし」

「そこかよ······ってか言いくるめ上手くなったなお前」

「前は下手だったみたいな言い方やめろ」

 くすくすと肩を揺らす翔太に、やっと安心した一は「そうだろ」と眉を下げる。そうしていると、教室にさとしが入ってきた。彼も翔太を見つけるやいなや、一と同じように目を丸くした。

「お前大丈夫なのか!?」

「大丈夫大丈夫。たった今一にも聞かれた」

「いやだってお前こんな早く学校来るとか思わねぇよ親父さんあれだし」

「それも一に言われた」

 会う人会う人に同じことを聞かれているのだろう。翔太は面倒くさくなったかのように苦笑すると頬杖をついた。

「逆にお前大丈夫なの? 例の書き込み······」

 そうなのだ。元はと言えば智に無実の罪をきせたあの書き込みが元凶なのである。

 その成り行きを気にした翔太に対し、智は「相手わかったからあっちの学校で停学処分にしたって」と納得の行かなそうな顔をした。

「退学にしろよあんな奴」

「まあまあ、事が大きくなりすぎる前に俺ら悪くないって証明されたからな、今回は」

「あ、そうなの?」

 智と一の会話に首を捻った翔太を見て、智が「そーそー! すげぇんだよ」と一転して顔を明るくさせた。

「たまたま俺がお金拾ったとこ写真に写っててさあ!」

「写真?」

「そう! たまたま駅前の風景撮ってた人がいてな。お金拾おうとしてる俺が端っこの方に写ってたんだよ。ちょうど今日の放課後その人にお礼言いにいく約束してて······」

 そんな話を聞いて翔太はきょとんと瞬きをした。どうも、写真の撮影者がネットの書き込みを見て警察に情報を提供したらしい。それを学校がHPに取りあげたことで、智が冤罪だとネットで広まったそうなのだ。

「運だけはあるもんな、智······」

 翔太が思わず呟くと、智が「あん?」と口を曲げる。

「運だけは、ってなんだよ。お前のこと心配して損したわ」

「ふふ、ごめんて」

 わざとらしく顔を歪めた智に、翔太は思わず吹き出した。ともかく、智たちの疑いが晴れて良かったと思う。まだまだ学校への苦情やいたずら電話は絶えないそうだが、それも時間が解決するだろうという話だった。クレームへの対応で目が死んでいる先生たちには悪いが、智の名前がネットに晒されることがなくて一も翔太もほっとした。一方で加害者側の生徒たちは身元がバレたため、そのうち自主退学するのでは、との噂だった。

 やいのやいのと軽口を叩いている智と翔太を横目に、一はやっとのことで深く息をつく。そして、いつも通りの授業が流れて日が傾いた頃、駅前で待っているという写真の主の元へと向かった。











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