「お前、ほんとに生徒会やるの?」

 翌朝、クラスメイトの山田が声をかけてきた。白い光に包まれた廊下で、共に登校してきた智と一は顔を見合わせる。

「悪いかよ」

 言い返したのは智だった。突然の一言に、山田は「いや、別に」と言いながら苦虫を噛み潰したような顔をする。

「皆が噂してるぞ。お前みたいな人気者がやるべきじゃないって、あんな生徒会」

「はあ?」

 山田は少し萎縮すると、「まあ俺は別に好きにすればいいと思うけど······」と頬をかいた。

 可哀想に、代表して言わされているのだろう。教室の方からはチラチラとこちらを窺う視線が見て取れた。今日で委員会が決まる。それゆえの忠告のようだった。

「ならいいだろ」

 そうとだけ言って智は教室に入る。しかしそこでも向けられる視線に気づくと、彼は苛立ったように机にカバンを叩きつけた。

「お前らの気持ちは分からねぇけど、俺はやるぞ、生徒会」

 ドン、と地を震わすような音が聞こえた。実際に音が鳴ったわけではない。それでも一の心には確かに響いた。

 噛み付くような言葉から溢れる怒り。その自己顕示欲は風に揺らぐようなものではない。智の気高さそのものだった。

 彼が声を張ると空気が震える時がある。決まって何かに憤りを表す時だった。彼の憤怒は辺りを震わす。それを誰よりもよく分かっているのはやはり一である。何度か見たそのいかづちに、一は軽く目を細めた。


「おはようございます」

 そこで上宮がやってきた。不自然なクラスの雰囲気に少し眉を上げたものの、燃え盛るような智の瞳を見て納得したらしい。ほんの少し微笑むと、何も見ていないかのように教壇についた。

「最近暑くなってきましたね。少し窓を開けましょうか」

 目を伏せた上宮はさらりと言って窓に足を向けた。エメラルドのカーテンが長い指に絡め取られ、シャッと心地の良い音と共に開かれる。流れるように舞い込んだ朝が彼の端正な横顔に光を灯した。

「さて、健康観察しちゃいますよ。荷物まとめながらで良いので返事してくださいね」

 白南風しらはえに髪を揺らすと上宮は教壇に戻って名簿を開く。蓮に乗った朝露のような声が一人目の名前を呼びあげた。

 爽やかな風が舞い込むと、木々の香りが辺りに満ちた。朝を運ぶ風に、智が大人しく席につく。その時には、獅子のような怒りはすっかり収まっていた。

「朝寝坊したくなる季節ですのに、皆さん遅刻もせずに登校してくださるんですね、ありがとうございます。私は起きてから本を読んでしまうので、この季節はたまにギリギリになるんですよ。そうすると昔なじみの曽我そが先生にまたかって呆れられちゃいます。ほら、皆さんの現代社会を担当してくださってる曽我先生。昔よく勉強を教えてもらったので仲良いんです」

 上宮の言葉に数人の生徒がくすくすと笑みを零した。職員室の裏話は面白いのだろう。はたまた読書のくだりに共感した子もいたのかもしれない。普段大人しく読書をしている女の子が小さく肩を揺らしていた。

 「先生でも遅刻するんだ、あんま想像出来ねぇ」と智が身を乗り出す。いつも通りの明るい声音に、「おや、遅刻したとは言ってません。ギリギリセーフなので許してください」と上宮は柔らかに苦笑した。


 すごい。ただ単純にそう思った。今の空間に先程までのピリついた様子はない。すっかりいつも通りの空気に戻っている。

 きっと愛されるのには理由があるのだろう。何千年も人々の記憶に残り続けるような、そんな人には。

 一はそっと上宮を見上げる。ふと、彼と目が合った。そこに見えた柔らかさに、朝日のような光芒を見た気がした。

















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