先輩
「で? 何です?」
「葵先輩って生徒会っすよね?」
「そうですけど」
「じゃあ何か聞いてないっすか? なんか生徒会の三年生が殺人事件の容疑者とかいう噂あるんですけど」
「知らないですよ」
葵は呆れたように腕を組んで壁にもたれかかる。周りと比べて背が低いながらも凛とした風格があった。全てを見透かしているかのような透明な瞳に一は萎縮する。しかし智は全く堪えてないのか、「えー?」と不満そうな声を上げた。
「じゃあ生徒会は今活動中止になってるんすか?」
「やってませんよ。そもそも新しい一年生が入ってからの始動じゃないですか。ってか何です? その為だけに話しに来たんですか?」
「そうっすよ。気になったので」
「······相変わらず図々しいですね貴方」
葵のため息が深まったところで彼はこちらに目を向けた。全く口を開かない一と翔太を一瞥すると、再び智に目を戻す。
「まさか生徒会に入る気ですか?」
「え、ダメっすか」
「貴方うるさいので嫌です」
「えー? 直球過ぎません? 葵先輩素直なんだからもー、良くも悪くも」
「悪くもは余計です」
そんなやり取りを続けていたら本当に面倒くさくなったらしい。葵は「もう帰りますね」と言ってスタスタ廊下の方へ足を向けてしまう。
「あっ、葵せんぱーい!」
智が葵を呼び止めるが、葵は振り返る気さえないようだ。そうしている間にも、葵は教室から出てきたクラスメイトに「あ、小野! 留学生の
「ちぇー、なんか知ってると思ったのに」
智は去って行く葵を見つめると残念そうに口をとがらせた。真っ直ぐにその背中を数秒見つめた後、一は「まぁまぁまぁ」と智をなだめる。
「そういえばさ······」
今まで黙りっぱなしだった翔太が突然口を開いたので、智と一は驚いて視線を動かした。すると、葵を目で追いかけていた翔太が真っ直ぐに二人を見返す。
「生徒会の顧問も事情聴取されてるって言ったよね、お前」
「ん? おう。言ったぞ」
「生徒会の顧問ってさ、
その瞬間、智はきょとんと瞬きをした。そしてすぐさま頬を紅潮させると「なんっで早く言わねぇんだよそれ!」と肩をいからせる。廊下に響き渡ったその声に、四方から先輩たちの視線が飛んできた。
「あ、こら! 迷惑だから大声出すな!」
一は「すみません、お騒がせしましたー」と二人の背中を押し、無事に一年生の廊下へと戻ってきた。やいのやいのと小言を飛ばす智を横目に、うーんと顔を曇らせる。
そうか、担任の酒井が生徒会の顧問だったのか。そうなると、酒井が休んでいる以上ますます生徒会の内輪もめが怪しくなってくる。しかしこれまでの生徒会は本当に地味な存在だったのだ。いまさら生徒会のいざこざが表に出てきたところで、その是非を一般生徒が知っているわけが無い。
いや、生徒会の実態が知られていなかったからこそ、今回の事件はかなりの大事になるのでは······。
そこで一は思考を止めた。まだ曖昧な憶測でしかないのに、何を一人で考え込んでいるのだろう。自分は生徒会に入ったわけではない。何もそこまで考える義理は無いのだ。
そう思って思わずため息を漏らす。興奮している智を宥めると、翔太のことも引き連れて帰路に着いた。
生徒会役員である容疑者が犯行を認める三日前のことだった。
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