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 湯気を立てる味噌汁を一口啜ると身体の芯にぬくもりが染みた。汁に浸ったネギと油揚げがやはり一番美味いと思う。

 日が昇り始めた午前七時。ニュースキャスターが挨拶をしたところで、はじめはキュウリの浅漬けに箸をのばした。カリポリと弾むみずみずしさが、夏が来たことを豊かに告げる。これを考えれば案外夏も悪くない。ぼやっと考えているものの、目だけはすっかり覚めていた。


 神職である藤田ふじた家の朝は早い。毎朝五時に布団を出ると、服装を整えて庭におりる。父子同じタイミングだ。庭と言っても境内なのだが、基本六時には門を開けねばならない。門戸を開ける作業は巫女がしてくれるが、一も掃き掃除を手伝わされている。いや、などと言うとバチが当たりそうだが、一はあまり乗り気ではなかった。

 そもそも家を継ぐことに迷いがあるのだ。あいにく一人っ子なので大声では言えないが、神の傍で生きる自信が無い。あれだけ得体の知れぬものを抱えて、家を守り抜くことなどできようか。一からすれば、神とはそういうものであった。


 境内の掃除の後は朝拝ちょうはいをして、それから待ちに待った朝食である。肉はあまり食べない家なのだが魚派の一としては十分である。

 鮭をちまちまとつついていたら、父が本殿から帰ってきた。温めておいた鮭を一尾渡すと、一は黙々とご飯を平らげて「ごちそうさま」と席を立つ。

「今日、さとしにご飯誘われたから外で食べてくる。冷凍庫に鯖あるからそれでも食べてて」

 父は「おう」と答えた。互いに口数が少ないからか余計な会話はしなかった。しかし学校の準備をして外に出ようとすると、父が「待て」と声をかけてきた。奇妙に思いながらそちらを見ると、彼は鮭の皮をつまんだままテレビを見ている。

「殺人事件があったらしい」

「え?」

「学校の近くだ。北側の住宅街」

 テレビを見ると、本当に高校の傍だった。ここからは少し距離があるが、学校の位置を考えれば他人事とは思えない。

「遅くなるなら駅まで智くんと一緒にいなさい」

 それだけ言うと、父は「行ってらっしゃい」と味噌汁を啜る。そんな彼をしばし見つめると、「行ってきます」と扉を開けた。

 相変わらず爽やかな夏の朝だった。










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