第38話

 プリマは凛々子に連れられて、シオンがいる部屋へ向かった。


 ここは、事件の関係者の手当てをする警察署の別棟らしい。彼の部屋は、プリマより一つ上の階にあった。今はあまり使用している人がいないのか、明かりもまばらで、長い廊下の先を見ていると心細くなる。


 シオンに気持ちを伝えたい。その気持ちは固まったものの、歩みを進めるにつれて、不安は増す一方だった。プリマが望んでいることを、シオンが望んでいるとは限らない。そうなれば――彼と会うのは、これが最後だ。涙を拭き、勇気を振り絞って部屋を出たが、耳のてっぺんから尻尾の先まで、全身の毛がピンと張り詰めている。


 彼の部屋まであと数メートル、となったところで、プリマは一度立ち止まった。深呼吸しようと試みるのだが、うまく呼吸が安定しない。胸に手を当てて、救いを求めるように凛々子を見てしまった。


「もー大丈夫だよ。凛々子がついてるし。シオンがもし意味わかんないこと言ったら凛々子がぶん殴って……ん?」


 凛々子が話をやめたのと同時に、プリマの耳もピクリと反応した。


「どーしてお姉ちゃんに会いに行かないんだよっ」


 シオンの部屋から声が聞こえる。


(トト……?)


 同時に小声で呟いて、凛々子とプリマは顔を見合わせた。


「おいっ、いってぇな、引っ張んなって! 会って何て言やいいんだよ、俺が今までプリマにしてきたことは、謝って済む話じゃねえだろ? 腕の一本落としたぐらいじゃ足りねえよ。あいつの側に行っていいのか、それも分かんねえ……」


「なっさけない奴だなあ! じゃあ何だよお前、謝らずに済ませるつもりなのか?」


「ち、違う! そういう訳じゃねえよ! ただ……」


「ただ? あ……、お、お前もしかして、お姉ちゃんが獣人だって知って、今更周りの目を気にし出したんじゃないだろうな」


「ちげーよ。んなことは心の底からどうでもいいよ。周りからどう見えていようが、プリマは俺の」


 シオンがそう言ったところで、少しの間、音が途切れた。


「俺の……その、恋人のままでいてくれるのかな……。こんなひでえ俺なんかと、これからも、一緒にいてくれるのか……それが分かんねえって、話」


 歯切れの悪いシオンの言葉に、凛々子はへにゃりとした笑みを隠しきれず、肩を震わせて笑いを堪えている。


「シオンは、一緒に居たいんだろ?」


「居たいさ。……俺は、今までずっと自分のことしか守ってこなかった。だから、今度こそ、守ってやりたいんだ。もちろん、獣人の姿のままでいい。それで……あいつ、自分を嫌ってばっかりだからさ、ちょっとでも、自分のこと好きになってもらいたい」


 ただ立ち尽くすプリマに、ドアにピタリと耳をくっつけていた凛々子が振り返って、微笑んだ。


 ドアの向こうで、トトが喚く。


「ああもう! それを! ボクに言うな!!」


「い、いでで! いてえっつーの! お前なんで左を引っ張んだよ、まだ残って

んだろ右腕がっ!!」


 二人の言い合いの声がだんだんと大きくなってきたので、凛々子は慌ててドアから離れた。


「分かったって! 行く、行くからもう引っ張る……、な……」


 開かれたドアの正面には、俯いたプリマが立っている。


「お姉ちゃん……! あ……、もしかして、今の」


「全部、聞こえた」


 ゆっくりと顔を上げれば、顔を赤くしたシオンが固まっていた。

 必死になって考えてきた言葉たちは、結局使えなさそうだ。


 ずっと会いたかったシオンが、確かに今ここにいる。プリマは、彼の胸に飛び込んだ。

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