第36話
「お姉ちゃん!」
「トト……!」
言葉を考える間もないまま、トトは勢いよく走ってきて、思いっきりプリマに抱きついた。
最初は戸惑ったプリマだったが、やがて涙が溢れ出すと、トトと同じように、その身体を強く強く抱きしめた。それからはもう、お互い言葉にならなかった。
トトが、両親が、どれだけ自分を求めてくれていたことか。プリマにしがみつくようにして泣いているトトを見て、思い知った。嗚咽の隙間から漏らす様に、ただ「ごめんね」と。プリマはそればかり繰り返した。両親にも、会いたい。会って、叱ってもらって、抱きしめて欲しい。そう強く思った。
「う……凛々子こういうのダメかも」凛々子が手で涙を拭った。
「もう、リリちゃん、涙もろいんだから……」と言いながら、エレナも上を向いている。
トトの身体は、やっぱり傷だらけだった。あちこちに白い布が巻かれ、顔にも傷がいっぱい付いている。
ようやく泣き声がおさまってきた頃、ずっとプリマの胸に顔を埋めていたトトが、ぱっと顔を上げた。涙で濡れた傷だらけの顔が、にっと笑ったので、プリマは驚いた。
「へへ、どう? ボク、ちょっと強そうに見えるでしょ」
「えっ?」
「もう怖いものなんてないよ。これからはきっと、お姉ちゃんを守れる」
「トト………。違うわ、私が守ってあげなきゃいけなかったの。なのに、私、本当にずっと迷惑をかけてばかりで、こんな……、こんな目に遭わせて」「お姉ちゃん!」
プリマの言葉を遮って、トトが怒った。
「ボク、シオンと約束したんだ。迷惑だ、とか、私のせいだ、とか。もう二度と、お姉ちゃんにそういう言葉を使わせないって」
「シオン、と……?」
弟の口から、シオンという名前が出てきた事に、プリマはさらに驚いた。
「シオンさ、プリマの体が安定するまでずーっとここにいたんだよ」
凛々子が、ベットの側に置かれた丸椅子を指差した。
「そうよ。もう、自分の治療もまだ終わってないのに全然休んでくれなくて……トト君も、ね」
「あはは、そうそう。トトも眠そうな顔しながら負けじとシオンの横にいてさ。そんで語り合ってんの。なんか兄弟みたいだったよね」
「嫌だよ、あんな奴と兄弟なんて」
そう言いながら、トトはわざとらしくそっぽを向いた。でも尻尾がご機嫌に上がっているのを見て、凛々子とエレナはクスクスと笑っている。
プリマは不思議な気分でトトを見つめながら、その頭を撫でた。自分で隔離してしまっていた二つの世界。それぞれに住んでいる自分の家族と恋人が語り合う仲になるなどと、一体どうして想像できただろう。
そして、そのシオンは一体、何を思っていたのだろう。獣人の弟と、最近まで人間の姿に化けていた恋人を前にして。そしてこの事件を引き起こした私のことを、一体、どう思っているのだろう。彼がずっとここにいてくれたその嬉しさよりも、彼の胸の内がどうなっているのか、それが心配だった。
プリマのせいで左腕を失ったシオンが、今のプリマを受け入れることなんてできるのだろうか。
「シオンの様子は、その、一体どんな……」プリマがそう言って口ごもると、エレナが小さくため息をついた。
「色々と心配事があるのは分かるけれど、あなたはもっと自分のことを考えるべきだわ。まずはあなたの身体のこと。何かお腹に入れられるものを用意しないと。それから一度ニーナさんにも来てもらった方がいいわね。……お話は、それからにしましょう」
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