第35話

「今日で何日め?」


「今日で……ちょうど1週間じゃないかしら」


「もう1週間かぁ……」


「大丈夫。きっと起きるわ。身体はどこも悪くないって、ニーナさんが言ってたもの」

「ニーナって誰?」

「忘れたの? 騎士団の調査隊の人よ」「あぁ、あのすごいメガネの子か」


 声が聞こえる。一人は、聞き覚えのある声だ。気怠そうな、でも明るい声。この子の名前は、何だったか。


「凛々子、トトのとこ行ってくるね」


(……トト?)


「待って! 今、耳が……耳が動いたわ」


 プリマは、目を開けた。

 見えたのは、白い天井と、大きな焦げ茶色の瞳――そう、凛々子だ。凛々子と、もう一人、ピンクの髪をした女の人が、目を見開いてプリマの顔を覗き込んでいる。


「お、起きた……、起きた!!!」


(起きた?)


「プリマ! 凛々子だよ。ねぇ分かる!? ……うわぁ!?」


 プリマが急にガバッと身を起こしたので、凛々子は驚いて仰け反った。

 ベッドの脇に置かれた水差しに、自分の顔が映っている。プリマは、まるで叩くように自分の顔を触った。


 肌の感触がない。感じるのは、フサフサとしていて、少し硬い獣の体毛。着せられていた薄い肌着の袖をめくれば、忌々しいあの斑模様が現れた。


「あぁ……っ」


 プリマは自分の頭を抱えた。記憶が脳内に一気に蘇る。


「プリマさん、大丈夫ですか?」


「トトは!! トトはどうなったの!! シオンはどこ!!!」


 血走った目で、プリマは叫びながら凛々子の両肩を強く掴んだ。


「ちょ、ちょっとプリマ、痛い、痛いよ! 落ち着いて。大丈夫、二人とも無事だよ!」


「今二人とも別の部屋で休んでます。手を離して!」


 ハッとしてプリマは手を離した。凛々子の着ていたYシャツが、少しだけ破れてしまっている。


 手を広げて震える指先を見れば、狼の鋭い爪がしっかりと生えていた。


「ごめんなさい……私、私は……」


 もう人間ではないのだった。

 エレナはプリマの背中にもう一つ畳んだ布団を敷いて、茫然とする彼女の上半身を、ゆっくりとその上に倒した。


「1週間も眠っていたのよ。急に体を起こすのは良くないわ。あなたは何も心配することはないから、まず身体を落ち着けましょう」


「心配することはない、って、そんな。だって、トトもシオンも私のせいで……。嫌だ、私、どうして生きているの……!」


 プリマは顔を覆った。


 ボロボロになったトト。片腕を失ったシオン。――シオンに至ってはもう、剣を握れない。彼の誇りであった魔物狩りの仕事が、完全になくなってしまう。


 全ては、自分が引き起こしたことだ。その罪を抱えて生きていくなど、到底できると思えなかった。しかも、惨めな獣人の姿で。

 エレナも凛々子も何も言えなかった。代わりに、開いた窓から流れてくる柔らかな風だけが、プリマを慰めているようだった。


 やがて凛々子が、「トト呼んでくる」と言って部屋を出て行ったので、プリマはハッとする。


「トト……、私、どんな顔をして会えばいいの。なんて言えばいいの。そうだ……そもそも、トトはどうしてここに」


 エレナにすがる様に、プリマは再び身を起こした。エレナは優しくプリマの肩を掴んで、その体を戻しながら言った。


「あなたの手がかりを見つけて、たった一人でこの警察署に来てくれたのよ」


「一人で……私を探しに?」


「えぇ。あなたのご両親も……未だに、ドラゴンの森にあなたを捜しに行くそうよ」


 ぎゅっ、と胸が痛んだ。


「どうして……そんな事したら、余計にみんなから嫌われちゃう。放っておけば……良いじゃない………」


 胸がいっぱいになって顔を伏せようとしたが、その前に部屋の扉が開いた。

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