第34話
「さて、そろそろ日が昇る。お遊びはここまでにしよう」
オルが剣を、片手で構えた。
プリマは、出せるだけの力を振り絞って、身体を動かした。もう、どうなってしまっても良かった。どんな痛みも罰も受けよう。だからどうか、弟が助かりますように。這うようにして、トトの体に、自分の体を覆い被せた。トトへの傷が、少しでも浅くなることを祈った。
「おいおい、泣かせるねえ。安心しな。ちゃーんと姉弟揃って楽にしてやるよ」
(シオン……)
もう彼を求めることはやめにしようと思ったのに、やっぱり最期に頭に浮かんだのは、シオンの笑顔だった。
(あなたに褒められた獣人の姿で、ずっと一緒にいたかったなぁ)
オルが剣を持った右手を振り上げる。もう叶いようのない想いを胸に、プリマは、目を閉じる。刃はそのまま、ただ真っ直ぐに、プリマの首へ振り下ろされた。
むせるような血の匂いと、温かい液体の感触。痛みは、感じない。一瞬で死んだから、そういうものなのだろうか。
トトは、どうなった?
覆いかぶさった体から、まだトトの温かさは感じられる。
(あ……れ?)
首を斬られたのに、なぜ、それを感じられる?
しかも、痛みはやっぱり感じている。今までずっと戦っていた骨格の変化の痛みが、まだ続いているではないか。
「な………に、お前、何して、るんだ……」
動揺したオルの声が聞こえ、そしてそのあとに聞こえたのは――
「汚えんだよ、てめえら……っ、魔物じゃねえ、って……分かってやってんだろ!」
一見頼りなさそうな、細身で、小柄な身体。さらりと落ちる髪は、獣人の王族と同じ、白銀の色。
ぎゅっと閉じたままの瞼の裏で、プリマはあの時と同じシオンの姿を映していた。全部、なかったことにしたいと思った人生の中で、どうしても、消せなかった大切な記憶。
あぁ。シオンが、助けに来てくれた。これがプリマの人生に用意されていた、唯一の幸運かもしれない。上出来だ、十分だ。もう、これ以上望むことなどない。
胸がいっぱいになって力が抜けたら、今度は意識を保つのが難しくなってきた。起きたら――いや、もう目覚めることはないのかもしれない。
ならば、と、プリマは開けられなかった目を懸命にこじ開けた。最期に彼の姿を見ておかなければ。
瞼を開ければその先には、確かに求め続けたシオンの姿があった。だが――
(そん……な……)
利き腕である左の肩から下が、なかった。
呆然とするオルの首を右手で掴んだまま、背中を大きく上下させながら、シオンは立っていた。武器も、防具も、何も持っていない。
この血の感触は、シオンのものだった。捨て身を覚悟で、剣を振り下ろしたオルの懐へ入り込んだのだ。
「シ、シオン、離せよ。なぁ、俺たち、こうでもしねえと生きていけないんだ。お前だって、俺たちと同じだろ?」
そう言って、オルの仲間の一人がシオンに近づいた。だが、すぐに肩をビクッと上げて立ち止まった。振り返ったシオンが凄まじい殺気を立てているのが、プリマにも分かる。
「もう、違う」
シオンはオルの顎に向かって思いっきり頭突きをかました。それから首を掴んでいた手を離して、近づいてきた仲間を右手で殴ろうとした。
だが、その拳は届かなかった。今まで意識もせずにくっついていた左腕がなくなったのだ。身体はバランスを失っており、シオンは痛みに悶えながら、崩れるように地面に膝をついた。
「くそっ、どいつもこいつも何なんだ! 犠牲者が一人だろうと二人だろうと変わらねえ! まとめて殺すぞ!!」
オルが怒り狂いながら剣を振り下ろすが、シオンは転がりながらそれを避ける。流れ出る血が動きに合わせて線を引く。
勝てるはずなどない。普通ならば、すでに意識を失っていてもおかしくない。仮に殺されずに済んだとしても、これだけ失血していれば、もう助からないかもしれない。
(だめ、戦っては、ダメ……)
プリマの意識が、閉ざされていく。それでもシオンは戦っていた。ほとんど立てなくなった体で、相手の脛を噛み、石を投げ、辛うじて攻撃を躱す。これ以上なく、満身創痍で無残な姿。
最期に見るシオンの姿は、あまりにも悲しかった。だがプリマももう、何も考えることができなくなっていた。一生懸命こじ開けていた瞼が、ゆっくりと下がっていく。
「プリマぁっ! 聞こえるか!!!」
暗くなった視界の中で、プリマは、シオンの声を聞いた。
「お前は助かる! 俺がぁっ、絶っ対に助ける!! ぐ……っ、はぁっ、はぁっ、だから……っ、生きろ!! もう絶対に自分を殺すな!!」
そのあと、空気をビリビリと裂くような、甲高い笛の音が聞こえた。すると、魔物狩りたちが動く音がピタリとやんだ。
「……………もう……二度と、俺……お前を傷つけたりしない。お前を、守る……か、ら」
冷たい感触が、プリマの頰を優しく撫でた。そこでプリマの意識は、完全に途絶えた。
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