第33話
見つかった。
そう思ってすぐ、意識は途絶えた。そして次の意識の時には、もう自分がどこにいるのか分からなかった。明かりもなく、辺りは暗かった。だが黒々とした山の奥の方にうっすらと陽の光が滲んでいるのが、何となくわかった。
あれは、ドラゴンの山。それが遮るものなくはっきり見えるということは、ここは門の外だ。草地に横たえられた身体が、滅茶苦茶に痛い。
「おい、やっぱコイツ、変だぜえ? ちっとも襲ってこねえ。弱ってんのかな?」
「いいんだよ、何でも。人間じゃないことは確かなんだ。殺したって誰も咎めやしないさ」
朦朧とする意識を何とか保ちながら、ぼやけた視界を確認すれば、人間が5人。顔はもはや判然としなかったが、それぞれが、武器を下げているのが分かる。
「ダズのやつはビビって逃げちまったから、報酬は5人で山分けだ。いいな」
中心にいる男が言った。聞いたことがある声だった。確か名前を、オルと言ったか。黒い髪を後ろで束ねた魔物狩りだ。シオンと同じように、それ以外に生きる術を持たぬ男。プリマともシオンともあまり交流はなかったが、仕事以外の時はいつも仲間と賭け事や女遊びに勤しんでおり、あまり真面目な印象はない。
わざわざここまでプリマを連れてきたのは、この獣人とも人間とも区別がつかなくなってしまった生き物を、警察に知られたくなかったのだろう。門外の、住人に被害が出ない場所であれば、魔物が出ても警察に通報する必要がない。だから、この生き物が魔物じゃないと薄々気付いていても、魔物が出たと言って黙って殺せる。その後は、騎士団の下っ端に直接死体を引き渡す。忙しい彼らは実に機械的に仕事をこなす。いちいち運ばれてきた魔物の素性など調べたりしない。すぐに金と交換されるだけだ。
オルが、剣を抜いた。
あぁ。これが。
(私の最期なんだ)
もう、どうすることもできない。意識を保つのがやっとなのだ。少しでも動いたら激痛が走る。逃げようとしたところでどちらにせよ身体が死ぬ。
(ヒドイなぁ、神様は)
生まれた時から惨めな私に用意されていたのは、やはり惨めな最期だった。獣人にも馴染めず、人間にもなり切れなかった挙句、魔物の姿となって殺される。
だが、シオンにこの姿を見られることなく死ねるのは、良かったのかもしれない。
「何の生き物だか知らねえが、悪いな。せめて一振りで終わらせてやろう」
あまり恐怖は感じなかった。これでこの身体の痛みから解放される。悲しみよりも、痛みの苦痛と、虚しさが大きかった。それに本当のプリマは、もともと死んでいたのだから。
だがその時、叫び声が聞こえた。
「まてえええぇぇーーーーっっ!!!!」
(この……声は)
息も絶え絶えにプリマの前に滑り込んだのは、弟のトトだった。
「待って! やめてください!! この人はっ、この人はボクのお姉ちゃんなんだ! 魔物なんかじゃない、お願い、殺さないで……」
(トト、どうして)
なぜ、いつからここに。お姉ちゃんは死んだのに。
聞きたくても、名前を呼びたくても、吐き出した空気は喉で声を作れないまま、ただ吐息となって出るだけだった。
「おい、なんだぁ、コイツ? 獣人の子供じゃねえか」
「しかもこれが、姉貴……?」
僅かな時間、戸惑いの色を浮かべていた魔物狩りの連中から、どっと笑い声が上がった。
「ぎゃはは、何だそりゃあ、こんなのがお前の姉貴なのかぁ? ははっ、俺ぁつくづく思うね、獣人に生まれなくて良かったって!」
「こんな風になっちまうんだ、やっぱり獣人が魔物の生まれ変わりってのは、間違ってなさそうだぜ」
ぎりり、と歯を喰いしばる音が聞こえた。トトが肩を上下させながら、拳をぎゅっと握って尻尾を逆立てている。
獣人の弟が出てきたことで、魔物狩りたちは明らかに調子を良くした。プリマが人間かもしれないという可能性が消えたからだ。魔物の姿に変わった獣人であれば、心置きなく殺せると思ったに違いない。
「で、オル。どうするんだよ。これ」
「なぁに、まとめて殺せばいいさ。残念だが、魔物退治に犠牲はつきものだ。そうだろ? それに死人が出たのなら、この魔物を殺す立派な理由ができる」
冷たいものが心に一気に広がった。殺される上に、弟を殺したことにされるのか。オルが剣の切っ先をトトに向けている。笑みを含んだ声に、彼の品のない笑顔が頭に浮かぶようだ。
トトの遺体が見つかったところで、獣人ならば死因をしっかり調査されることはないと高を括ってもいるのだろう。他の魔物狩りたちも、賛同の声を漏らしている。
「お……お前らぁっ!!!」
一度も聞いたことのなかった低い唸り声とともに、トトがオルに飛びかかった。向けられた切っ先を潜るように素早く腰をかがめ、オルの腹めがけて体当たりした。
だがいくら獣人とはいえ、トトはまだ11歳の子供だ。オルの身体はビクともしないまま、トトは彼に蹴り飛ばされた。
(やめて!!! トトお願い、逃げて!!)
叫んでも、声は出ない。
魔物狩りたちに笑われながら、何度も彼らに飛びかかるトトが、どんどんボロボロになっていく。
どうしてこんなことに。なぜ弟が巻き込まれてしまうのか。
(ごめんなさい。許して。どうかお願い、許して……)
私のせいなのはもう分かっているから。誰か、許して、助けて。
オルに殴られたトトが、プリマの目の前に倒れ込んだ。
「お……お姉、ちゃん……ボク、酷いこと言って、ごめんなさい。お姉ちゃんの、せいなんかじゃないんだ。ボクが、弱かったから……だから……お願い。死なないで。生きなきゃ……ダメだ」
いつも戦うことができなくて、泣きも怒れもしないで、ただ部屋の中に逃げ込むばかりだった。そんなトトの顔が、血と涙でぐしゃぐしゃに濡れている。
生きることを諦めかけていた鼓動が、激しく脈打ち始めた。
(トト……お姉ちゃんのことなんかいいよ。どうして逃げないの……)
地に生える草をぎゅっと掴みながら、トトはなおも立ち上がろうとする。
「お姉ちゃんを、いじめる、な……っ」
だが、とうとう立ち上がれず、トトは再び地面に倒れ込んでしまった。
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