第25話
男の名は、シオンというらしい。取調室に連れてこられた彼は、椅子と手錠で繋がれ、大股を開いてふてくされた表情をしている。先ほどの喧嘩であれほど血まみれになっていたのに、シオンの顔や体に目立った傷はなかった。どうやら、出血はほとんど残りの二人のものだったらしい。
トトも取調室に入れてもらって、部屋の隅で椅子に座らされている。シオンの向かいには机を挟んで凛々子とエレナが座り、壁際にはシルヴァがもたれかかって、取り調べの様子を見守っていた。
トトは、ずっと黙っていた。姉は、生きているかもしれない。その可能性がこれまでになく高まっているのに、心の中の恐怖を抑えるのに必死で、何も考えられなかった。凛々子が時折心配そうにトトを振り返っても、トトは目を伏せたまま動かなかった。
「なぜ、プリマさんの名前を聞いて逃げたんですか」
シオンはエレナたちから顔を逸らしたまま、答えない。
「プリマになんかしたんでしょ。てかそのプリマが獣人かどうかは置いといてさぁ、何で別れたわけ?」
「……俺は何もしてねえよ。アイツが、俺を騙したんだ」
「騙したって?」
しばらくシオンは右膝を上下に揺らしながら黙っていたが、やがて大きくため息をついて、喋った。
「銀貨だよ。ったく、金がねえっつーのに……アイツ手に入れた分を一枚隠して持ってやがったんだ」
「はあー? それで別れちゃったわけ? 気ぃ短っ! 心狭っ!」
「うるせぇっ! テメェら警察に俺たちの事情が分かってたまるか!」
「その銀貨一枚は、何に使うつもりだったんでしょうか」
「知らねーよ! 俺が聞きてえっつーの」
すると、しばらく黙っていたシルヴァが口を開いた。
「お前、魔物狩りだと言ったな」
「だからなんだよ」
「その銀貨はどこで手に入れた」
「どこだっていーだろ」
そう言ってシオンは再び誰もいない方向へ顔を背ける。膝の動きが、止まった。
少し間をおいて、シルヴァは壁から離れてシオンの前の机に手をつく。腕から肩甲骨にかけてのラインが、まるでヒョウのようだとトトは思った。確実に獲物を仕留めるために、じわじわと、しなやかな動きで距離を詰めていく。
「銀貨が入るような魔物狩りの仕事が、今、あるのか? それとも、他に仕事が? ……昼間から飲んだくれてもいいような仕事があるのなら、ぜひ紹介してもらいたいものだな」
シオンは目を合わせない。額に汗が浮かんでいるのが見える。
「ん? 銀貨……銀貨? ちょっと待ってよ」
急に凛々子がつぶやき出したかと思うと、シルヴァに並ぶように、机に身を乗り出した。
「その銀貨を一枚持ってたプリマって……お祭りの日にオレンジのワンピース、着てなかった?」
「何で、それを……」
「ちょ、ちょっとシルヴァ」
「あぁ、そいつが持ってるのは俺の銀貨だろうな」
「え、えーっと、じゃあリリちゃんの探してた女の子は、シオンさんの恋人で、しかも名前がプリマ……?」
その時、ガタっと音がして、一同はその音がした方向を見た。
トトが、胸を押さえながら立ち上がっている。
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