第21話
せっかく酒でいい気分になりかけていたというのに、台無しだ。苛ついてたまらない。手当たり次第に物を壊したくなる衝動を必死に抑える。再び酒場に行く気分にはなれなかったので、手近な店で酒を買おうとシオンは考えた。
だがそこで、このストレスを発散させる、格好の獲物を見つけてしまった。
ボルト家の主人だ。
道の向こう側から歩いてくる。傍らにいるのは、その護衛。つまり、シオンの後釜だ。
夕方のこの時間なら、商売から戻ってきて、屋敷に帰る前に買い物に寄っている、といったところか。先に帰したのか、荷馬車は見当たらなかった。屋敷に戻らないことには報酬はもらえないので、シオンも仕方なく買い物や野暮用に付き合わされたりしたものだ。
商人は店先に並べられた果物を手に取りながら店主と雑談を交わしている。袖のない前合わせの服に、逞しい胸元をガバッと開けた服装の護衛の男は、何も言わずにただ商人の側についていた。
魔物狩りの腕章をつけていない。野盗対策のためだけにつけられた護衛だ。ただ図体は、シオンよりも遥かにでかい。護衛という仕事を頼むなら、細身のシオンになど見向きもせず、誰もが彼を選ぶだろう。
シオンは二人のもとへ近づいていった。まだ足取りには不安が残るが、獲物を見つけた時の高揚感が、シオンの頭を冴えさせていた。
「優雅にお買い物ですか、ダンナサマ」
身構える護衛の前を堂々と横切って、シオンは声をかけた。
主人はリンゴを手にしたまま声の主の方へ振り返った。子供と間違えそうなほど背の低い中年の彼は、見上げるようにしてシオンを見たまま固まる。それからみるみるうちに、その表情に嫌悪が滲んでいった。それがシオンには、愉快でならなかった。
「シオン……、貴様、近づくなと言ったはずだぞ!」
甲高い声で、主人は喚く。
「あぁ? ここは俺の生活圏内だ。近づいてきたのはそっちだろ」
何とかしろ! と主人は護衛の男に命令した。
護衛の男がシオンに掴みかかる――「アンタも大変だよなぁ」その前に、シオンは男に挑発した。
「ショボい額でこき使われてよ。あぁでも、魔物の相手もできねえんじゃ、妥当な額ってとこかぁ?」
護衛の男の目の色が変わった。岩のように動じなさそうな見た目をしておきながら、案外心は簡単に揺らぐらしい。だがシオンは魔物相手にずっと戦ってきた男だ。例え相手がシオンよりもでかい図体だろうと、自分が酔っ払っていようと、負ける気はしない。話の通じない魔物との死闘に比べたら、お遊びのようなものだ。何より、人間の動きは読みやすい。
男は左手でシオンの胸ぐらを掴んだ。となれば右手で顔面めがけて拳が飛んでくる。あくびが出そうなほど単純なパターンだ。それほど男はシオンを甘く見ているのだろう。
シオンは右の拳が飛んでくる前に一歩前へ出て懐に潜ると、下から男の顎を殴った。男が怯んでいる間に、更に体当たりを仕掛けて、店のフルーツが並んだ陳列台に向かって自分ごと倒れこむ。細い木の板でできた陳列台は真っ二つに折れ、載せられていた色とりどりのフルーツが宙を舞う。店主の親父は絶叫し、顔面蒼白の主人は頭を抱え、店の脇で身を縮めた。
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