第20話

 それから3日経っても、トトと凛々子は成果をあげられなかった。エレナも別行動でプリマの情報を探し続けたが、有力な情報は得られない。スラムでの捜査も、空振りに終わっている。


 プリマを見つけられないのは、シオンも同じだった。

 家に戻っても、待っているのは空の酒瓶たちだけだ。何もない静かすぎる部屋は、シオンに失ったものを突きつける。だから眠る時以外は、シオンは街に出ていた。手に入れた銀貨で酒場に入り浸り、酒を飲み続ける。思考を鈍らせて、痛みを感じないように。

 心が腐って体がボロボロになっていくことも感じていた。でも、もうどうでも良かった。誰からも見捨てられた。自分を必要とする者はもう誰もいないのだ。


 プリマが消えてから4日目。もうすぐ街が赤く染まり始めるという時間に、シオンはフラフラとした足取りで、朝からいた酒場を出た。

 視界がぐらぐらと揺れて、歩いている方向さえもおぼつかない。でも、すれ違う人たちは皆、当たり前のように前を見て、まっすぐ歩く。彼らはシオンを見て顔をしかめたり、あるいは見ないようにして、距離を取りながら通り過ぎていった。


 そんな通行人を睨みながら、シオンは酒瓶に口をつけて、ぐっと上を向く。口の隙間からこぼれるのも気にせず、喉に酒を流し込む。酒瓶を下ろしたと同時に、よろけて倒れそうになった。だがその時、誰かに両脇を支えられ、そのままゆっくりと地面に座らされた。


「おい、シオン!」


 ダズだった。


「よお、ダズ! いたのかよぉ~、お前も飲むかぁ?」


 ヘラヘラとシオンが掲げた酒瓶を、ダズはひったくった。


「馬鹿野郎。ひっでえ面しやがって。お前まさか、今日一日ずっと飲んでんのか?」


「あぁー? ずっとじゃねーよ。寝てるときゃあさすがに飲めねえだろ」


 ダズの顔が歪んでいる。それが自分が酔っ払っているせいなのか、実際にダズが怒りで顔を歪ませているからなのかは、今のシオンには判断できなかった。


「来い!」


 ダズはシオンを抱え立ち上がらせると、その手を自分の肩に回し、歩かせる。


 やがて水汲み場に辿り着くと、もはや自力では立っていることも出来なくなったシオンの頭に、水をぶっかけた。


「冷ってーなあ、ぁにすんだ……よ」


 おぼつかない呂律でそう言うと、濡れて顔に引っ付いた髪を疎ましそうに払った。目の前のダズが、二人見える。説教の声も二人分だ。声が重なって聞こえる。


「いい加減にしろ。いつまでそんな生活続ける気だ? 酒に逃げてねえで現実を見ろ。酒はお前を導いてはくれねえ。ちゃんと自分と向き合うんだ」


 二人のダズは、くっついたり離れたりしながら、徐々に一人に統合されていく。


「とにかく、生きる方法を考えるんだ。そんなもんはいくらでもある」


「へぇ……いくらでも?」


「あぁ、今からだって遅くはねえ、仕事を探すんだ。魔物狩りにこだわらなくたって、他にも……」


 シオンを挟むように二人になっていたダズが、完全に統合されてシオンの真正面に現れた。同時に、意識も我を取り戻していく。途端に、腹の底から、抑えられない怒りが湧き上がってきた。


 こいつ、誰に向かって説教してるんだ?


「うるせえよ」


 そう小さく呟いてから、シオンはダズに掴みかかった。朦朧としていたはずのシオンが、突然何かに憑依されたかのように素早く動いたため、ダズはすぐに反応ができなかった。そのまま体を地面に押さえつけられる。


「お前だってよく知ってるはずだよなぁ。魔物狩りの仲間を守ろうとして、魔物に喰われて親父は死んだ! だから俺は魔物狩りになった!!」


 ダズの顔が、また歪んだ。シオンから逸らした瞳が揺れている。それは苦痛によるものだと、今度は判断できた。押さえつけられている痛みではなく、過去の痛みだ。シオンの父親に守られたその仲間の中には、ダズもいたから。


 まだ幼かったシオンは、許せなかった。なぜ、親父だけが死ななければならなかったのか。周りの仲間は、そんなに弱い奴らだったのか? 


「他のモンに目を向けてる余裕なんてなかったさ。お前らが弱いせいで! 強くなるのに必死で!!」


 絶対に誰も死なせないように。早く一人前になりたくて、誰よりも強くなりたくて、大人が止めるのも聞かず、シオンは無我夢中で魔物を狩った。そして、12歳という異例の若さで魔物狩りになった。


 ダズがシオンの腕を、力なく掴んだ。落ち着けよ、と言う声が掠れている。


「でもシオン、魔物は、いなくなったんだ。平和な世の中が訪れようとしてる。それは、お前の親父さんだって望んでたことだろう? もう戦う必要はないんだ。命の危険を犯すことはない。幸せになっていいんだよ」


(幸せ?)


 その言葉を聞いて、シオンは、ボルト家の食事風景を思い出した。明るくて広い部屋に、10人は座れる長いテーブル。その上にはシオンが食べたこともないような豪勢な食事が並べられ、派手な照明に彩られながら、家族が笑う。絵に描いたような幸福の団欒。その食事にシオンが加わることはなかったが、一度だけその様子を見たことがあったのだ。金をかけたものばかりで少し鼻についたが、でもそれも商売に勤み、苦労して手にした財産なんだろうと、ぼんやりと思ったのを覚えている。


 だけど、シオンだって苦労したはずだ。一人で、ただひたすらに人々を守ってきたはずなのに。自分の部屋には、誰もいない。暗くて空っぽのままだ。


 平和になった世の中が、なぜこんなにも生きづらい?


「どうでも良いんだよ……平和なんて。てめえの説教はもうたくさんだ」


 シオンはダズを押さえつけるようにして起き上がり、手を離した。いつかの映像と、重なる。これでダズも離れていくのだろうか。


 フラフラとシオンは再び歩き出す。地面に転がっていた空っぽの木桶を蹴飛ばして、その場を離れた。

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