第16話

 その頃、トトは凛々子と街に出ていた。


 トトは昨日と同じように顔を隠して街を回りたかったのだが、凛々子に散々説得されてついに折れた。


「顔を見せてた方がお姉ちゃん寄ってくるかもしんないじゃん」


 確かに、噂にでもなれば、それが姉の耳に届く可能性はある。商人だと分かるように荷車でも引いていればまだしも、獣人の子供が一人で歩いていることなどまずないのだから。

 だからトトは今、最高に居心地が悪かった。


「……何してんの?」


 大通り沿いに建てられた建物にしがみつくように隠れたトトに、凛々子は言う。


「や、やっぱり顔を隠したいです」


 昨日の祭りのように人がごった返してでもいれば、トトもそこまで気にされずに済んだのだろうが、広くなった通りで、すれ違う人たちの視線はほぼ確実にトトに向くだろう。実際ここまで出てくるまでの間ですら冷たい目線を感じていた。明らかにこちらを見てひそひそ話をする者もいる。それに、人間の冷たさは、1週間前の定期市で露店を開いたときに身に染みて分かっている。獣人が売っているものだから、という理由で、何度客が引き返していったことか。ただ、姉の話を聞いた後であったから、そんなことで胸を痛めていられなかったのは、不幸中の幸いと言えば良いのか。


「もービビりすぎ! 気にするほど見られてないって。それに凛々子がいるしだいじょーぶ! ほら行くよ」


 そう言うと、凛々子は嫌がるトトの手を強引に引っ張って大通りへと出た。


 石畳の敷かれた道がまっすぐに伸びて、王国では見られない背の高い建物が両脇に立ち並ぶ。もちろん昨日に比べたら人通りは大きく減っているものの、トトからすれば眩暈がするほど人の数は多かった。露店がちらほらと道の脇にあり、働く者たちが忙しなく行き交う。


「ど、どこをどうやって探すんですか?」


 ここサウストの街は、白を基調とした建物が多い。太陽が反射してより明るく見えるそれらに照らされているような気がして、トトは凛々子に隠れるようにして歩いた。


「んー、そうだな。プリマの方は、見れば誰でもわかるでしょ? 黒い耳した獣人。でも凛々子の探してる人はさ、凛々子にしか分かんない。だからとりま凛々子の捜索メインで、その子がいそーなところを歩くから、トトは、そのついでに」

「ついでに」

「トトもなんかそれっぽい子見つけたら教えてよ」


 それっぽい子、というのは昨日凛々子が言っていたオレンジのワンピースを着た人だろう。確かに特徴は聞いたけれど、オレンジのワンピースは別にして、そんな人はもう何人もすれ違っている。


「ええと、いそーなとこっていうのは、例えば、どんなところ……?」


「分かってんのは、とにかくあの子には金がないってことと、あの子を操ってる男がいるってこと。だからまずは、貧乏そうな家。それから、チャラそーな男が集まりそうなとこかな」


 全く具体的ではない上に、全く発想が安直で、やはりトトは心配になる。貧乏そうな家だけを当たるのは失礼ではないのだろうか。そんな適当なやり方で本当にその人たちは、いや姉は見つかるのか。それに、あてもなく延々と街を歩くことがたまらなく嫌だった。しかも凛々子の服装はこの街では他に見かけない。という事は凛々子も十分珍しい見た目をしているのであり、そんな彼女と一緒に歩いている事で余計に注目を浴びている気がする。「気にするほど見られていない」というのは単純に凛々子が気にしていないだけだ。例え気にしないようにしても、街の人々の視線は、嫌というほどトトの心に刺さり続ける。凛々子の周りの視線に対する無頓着ぶりが羨ましかった。

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