第15話
やがてシオンは立ち上がった。扉も何もない、口を開いただけの塀の入り口を潜り、そのまま小屋に向かう。
それはまだ魔物が多く出現していた頃、持ち場を離れられないような時に仮眠用として使われていたものだ。今となっては、ただの物置にされている。だが、他に住む場所がないプリマが夜を明かすのに使える場所があるとすれば、ここくらいだ。
小屋の扉に手をかけた時、中に人の気配を感じた。シオンは期待を込めて扉を勢いよく開く。だがその期待はすぐに裏切られ、落胆に変わった。
「何だよ、ダズかよ……」
中にいたのは、大きく丸い背中をした男、ダズだった。よく一緒に魔物狩りの仕事をしていて、ダズよりも10歳も若いくせに生意気なシオンの面倒をよく見てくれていた。横幅が広く、丸みのある体型をしていて、頭にはいつも布を巻いている。すらっとしたシオンとは対照的な体型ではあるが、豪快に斧を振るう彼のパワー溢れる戦力は、とても頼もしいものだった。
「おお、シオンじゃねえか。何だよ、とは何だ、結構な挨拶じゃねえか」
だがそんな豪快な戦力の持ち主が今手にしているのは、繊細な木彫り細工だった。小さな引き出しのついた小物入れのようだ。そこに、細い小刀を使って、花の模様を削り出している。彼の周りには、木材や木屑が、足の踏み場もないほど散らばっていた。「お前、何やってんだ?」
「いや実は俺な、親父が大工やってたからよ、こういう木の扱いが得意なんだぜ。ほら今は仕事もねーからよ。そろそろこっちを本業にでもしてやろうと思ってな。そのうち家具とかも作って売るつもりだ」
それを聞いて、シオンは胸のあたりが、ずん、と重くなるのを感じた。彼も、この仕事を離れてしまうのか。
「だからって勝手にここをお前の作業場にしてんじゃねーよ」
「いいだろー? どうせもう誰も使わねえじゃねーか。どうだ、お前もやるか? 今なら弟子にしてやってもいいぜ」
ダズがにやにやと笑う。だがそれを、シオンは嫌悪の眼差しで返した。
「ふざけんじゃねえよ。てめえみたいに木屑まみれになるために生まれてきたんじゃねえんだぞ、俺は」
それからダズは、小さなため息を漏らしてから、シオンを見る。「あのなぁ、シオン」
「俺たちゃ生きるために生きてんだ。仕方ねえだろ、変な話だけどよ、魔物がいなくちゃ話になんねえんだ、俺たちの仕事は。けどその魔物がいなくなったんだ。そりゃあまだ原因も何も分かっちゃいねえし、これから先、もう現れないとも限らねえ。でもそんな不確かなもんを金の在り処にしてたって生きていけねえよ。過去の栄光なんて金にならねえぞ」
「だからって何なんだよあの商人の奴ら。俺たちが命を賭けて守ってやったってのに、急に手のひら返したように報酬額も吊り下げやがって。俺たちを何だと思ってんだ!」
「だーかーら、商人も一緒だ。生きるために、生きてる。俺たちのために生きてるわけじゃねえ。……あ、そうだシオンお前、そうやって額下げられたから、つってボルト家の商人と一悶着あったそうじゃねえか。お前の仕事の最後の砦だったんじゃねえのかあ? ったく、いい加減大人になれよなぁ。プリマちゃん路頭に迷わせてどうすんだよ」
耳の痛い話の最後に、追い打ちをかけるようにプリマの名前が出て、胸に矢が刺さったような痛みが走る。ダズは、目ざとい。すぐにプリマの事を聞いてくるに違いない。
「あれ、そういやプリマちゃんはどうした?」
ほらな! と心の中で吐き捨てながらも、平然を装ってシオンは尋ねる。だがこれで仕事の話は切り替えられるだろう。
「あ、そうだ、プリマを探してんだよ。見てねえか」
「いや? 今日は見てねえなあ。……あー! お前もしかしてまたプリマちゃん泣かしたんじゃねえだろうな」
一体この男は何本シオンに矢を撃ち込むつもりなのか。本物の矢だったらもうとっくに死んでいる。「ち、ちげーよ!」と顔を真っ赤にして言い返しても、ダズには通用しない。
「お前なぁ、ただでさえ仕事からも見放されてるのに、プリマちゃんにまで見放されてどーすんだよ」
「だ、だから違うって」
「だいたいなぁ、あんな可愛い子手放してみろ、すぐに他の男が食いついちまうぞ」
「いや聞けって」
「はぁー、どうやったらあんな良い子を泣かせられるのか、俺には全く分からん! いいか、ちゃんとお前から謝って花の一つでも……」
ダズの言葉を遮って、シオンは小屋の扉を閉めた。扉からダズの怒鳴り声が漏れてきても、振り返らずに、シオンは小屋を離れた。
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