第14話

 翌日、シオンが目を覚ましたときには、すでに陽が高く昇っていた。窓から強い日差しが入り込んで、シオンの身体は汗ばんでいた。


 あちぃ、と呻いて体を起こすと、今度はいてぇ、と言って頭を押さえる。脳みそが膨張して破裂でもするのではないかと思うくらい、じんじんと頭が痛む。毎日のように二日酔いになっているのに、なかなか慣れることはないものだ。


 ぼんやりと室内を見渡しながら、やがてプリマがいない事に気がついた。

 ゆっくりと立ち上がって、とりあえず台所の水道に向かう。歩く振動すら頭に響いて痛かった。蛇口をひねっても水が出ず、シオンは舌打ちする。数日前から止められていたのだった。それからは、プリマが毎朝汲んできてくれる水を貯めて生活していたが、それも空っぽだった。そのまま台所に手をついてしばらく頭痛に耐えていると、昨日の出来事が徐々に蘇ってくる。シオンはハッとして、フラつきながら玄関の扉を開ける。


「プリマ?」


 その姿は、どこにもない。

 シオンがプリマを追い出したのは、昨日が初めてではなかった。プリマに他に帰る場所などない。だから、いつもなら家の外で膝を抱えて座り、シオンが入れてくれるのを待っているのだが。


(……どこ行きやがったんだ)


 仕方なく、そのままシオンは家を出た。喉がひどく乾いている。とりあえず水を飲もうと、広場近くにある共同の水汲み場に向かった。


 家の中にいても聞こえてきた昨日の騒がしさは何処へやら。食い散らかした後のゴミや、空の酒瓶があちこちに散乱している以外は、街は日常に戻ったらしい。転がっている酒瓶を蹴りながら、シオンは歩く。


 水汲み場に辿り着くと、大きな水瓶に入った水を手で掬い、豪快にこぼしながらも喉を潤した。それから近くに置いてある木桶を取って水を掬うと、それを頭からかぶった。冷たい水が、まだどこかぼんやりとしていたシオンの意識を目覚めさせていく。


 奥の塀の向こう側には、魔物狩りたちが仕事で使っていた小屋がある。たっぷりと汗をかいた仕事終わりには、今のようにここで冷水を浴びたりもした。


 いつもなら、プリマがここで乾いた布を差し出してくれる。

 もしかして、ここへ水を汲みにきたりしていないだろうかと、密かに期待していたりもした。だが、滴る水をそのままに辺りを見渡してみても、彼女はいない。


 伸びた髪を絞り、顔についた水は服の裾で拭った。これだけ晴れていればすぐに髪も乾くだろうと、それ以上は何もしなかった。近くのベンチに腰を下ろし、膝に肘をついて、プリマのことを考える。


 何のために銀貨一枚を隠していたのか、聞き出さないまま彼女を追い出してしまった。

 銀貨一枚。特に節約しなくとも、二人で一月分は食費が賄えるだろう。金は今までシオンの稼ぎを二人で使っていたが、それは主に生活費に充てており、プリマがシオンに何かねだるようなこともなかった。それに、シオンが金をやったとしても、自分のものではなく、シオンの好きな食べ物や、二人の生活に使える雑貨などを買ってくる。プリマは、そんな欲のない、献身的な女だった。なのに、シオンに隠してまで、銀貨を何に使うつもりだったのか。しかも、いつものように玄関前で待ってもいない。


 またちらりと顔を上げて周りの景色に目をやるが、やはりプリマはいない。自分で追い出したくせに、シオンはプリマを探してしまう。


(まぁ、そのうち帰ってくるだろ……)


 毛先に溜まった水滴がポタポタと乾いた地面に落ちて、黒いシミを作っては、広がっていく。

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