第13話

 それからエレナは、二人にトトの捜索依頼を共有した。


 やはりシルヴァはエレナと同じ事を思ったのだろう、浮かない表情をしていた。凛々子は相変わらず興味津々なのは変わらないが、トトの状況を知ってさすがに真剣な表情をしている。


「とりあえず、私、明日組合に行って当時の話を聞いてきます。それから、その荷車が見つかったっていう路地裏のあたりも」


 そう言って、エレナはトトに微笑みかけた。まだどことなく緊張は感じられるが、ここに来た当初と比べれば、幾分か落ち着いたように見えた。しかしその時凛々子が突然大きな声を出したので、その肩がビクッと上がる。


「あー! そうだ、凛々子も探す人がいるんだった! ねえエレナ、明日シロかクロどっちか貸して?」


「それはいいけど、誰を探すの?」


 シロとクロとは、警察犬の名前である。体の色が白いのがシロ、黒いのがクロ、と何とも安直な名前が付けられている。何か手がかりとなる物品があれば、優れた嗅覚を頼りにその匂いの持ち主を探してくれる頼もしい仲間だ。貸すも何もエレナが飼っている訳ではないのだが、基本的に世話はエレナがしていた。


「女に盗みをさせるヤな奴。顔も名前も住んでるとこも知らないけど。でもまずはその彼女からだね。その子なら顔は分かるから。その子のあとを尾けて、男の場所を探すつもり」


「探すって、何か匂いが分かる物でも入手してたのか?」


「え、ないけど。凛々子のあの子に触った手の匂い嗅がせたら何とかなんない?」


「お前その手で今トトにベタベタ触ってただろう」


「しかもさっきドーナツいっぱい食べて手洗ってたよね?」


「……え……ダメ……?」


 茫然と自分の手を見つめる凛々子を無視して、シルヴァは席を立った。トトは不安な表情で凛々子を見つめている。


「エレナ、その獣人の件は任せていいか。何か分かったら教えてくれ。俺は今別件を追ってるが、もしかしたら見かけることもあるかもしれないからな。とにかく、俺はもう上がるぞ」


「はいボス。お疲れ様でした」


 そうして、シルヴァは立ち上がり、ソファに座るエレナの後ろを通る時に、さり気なく「スラムに行くなら気をつけろよ」と耳打ちした。

「はい」と小さく返して、エレナは何事もなかったかのように笑顔を作り、トトに向き合った。が、トトは興味深そうに凛々子を見ていたので、エレナの様子には気づいていないようだ。


「やべーバカじゃん凛々子……。ねえエレナぁ! 黒髪ロングでさ、毛先が結構ハネちゃってて、目はパッチリしてて、瞳はこげ茶色で、オレンジのワンピース着てたかわいい子、知らない? あ、肌はちょっと黒めかも」


「知らないよ……」


 知らないし、そんな人は多分どこにでもいる。きっと明日にはオレンジのワンピースも着ていないだろう。

 くっそー! と言って凛々子は体を反らせるようにソファの背もたれにもたれかかり、天を仰ぐ。そんな凛々子をよそに、エレナはトトに尋ねた。


「そういえば、今日はこれからどうするの? どこか宿は取ってあるの?」


「いや、宿はまだ……」


「えっ、まだ取ってないの? 今日はお祭りだから、宿はどこもいっぱいじゃないかしら」


「そうなんだ……。でも、大丈夫です。そうじゃなくても、宿は取れないんじゃないかって、思ってました。組合が貸してくれる宿も空いてない事は知っていたし、何しろボクらは毛がよく落ちるので……祭りじゃなくても、断られてしまう事が多いと聞きました。どこか、人目につかないところで休ませてもらおうと思っています」


 そう聞くや否や、エレナの返事よりも先に凛々子がガバッと起き上がった。


「は!? 何それ、外で寝るってこと? そんなの絶対やめたほうがいいって! 凛々子の部屋泊まってけばいーじゃん!」


「え? い、いや、それは……」


「そうよ、リリちゃんの言う通りだわ。あ、リリちゃんの部屋じゃなくても、まだ空いてる部屋もあるからね」


 部屋というのは、仮眠用の部屋だ。凛々子はもともと住居を持っておらず、その部屋で生活をしているのだ。ちなみに現在警察署長代理を務めているシルヴァも、帰る暇がないほど仕事を抱えており、同じように仮眠室を今や自分の部屋として使っている。


「でも、毛が落ちるから」


「いーんだってそんなの。掃除くらいしとくからさ」


 その部屋を掃除するのは凛々子じゃなくて自分なんだろうなあと思いながらも、エレナは笑顔を保った。  


 そうしてトトはエレナたちの提案を受け入れて、凛々子とは別室だが警察署の部屋を借りることになった。


「それにしても、お姉ちゃん無事だといいね。明日は凛々子が一緒にその子探してあげるよ」


「え、でもリリちゃん、そのヤな男の人は、いいの?」


「探す探す! もしかしたらそいつ探してる途中でプリマって子も見つかるかもしれないじゃん? 街を歩く事に変わりはないんだからさ。目は二つより四つの方が便利っしょ。獣人って何となく目良さそうだし」


 何だかんだ言ってトトを自分の捜査に協力させる気なのか、と思ってエレナは苦笑いした。だが確かに効率はいいかもしれない、とすぐに思い直す。


 エレナは明日、シルヴァが予想したようにスラムにも行くつもりだった。そこは、貧困に苦しむ者が多く住んでいるのと同時に、住所不定のワケあり者が集う場所でもある。獣人の毛皮を売るなどという残虐な取引が行われたとすれば、そこが一番怪しかった。だがそんなところにトトを連れていくわけにはいかない。それに、プリマがそんな事になっている可能性を示唆したくもなかった。


 しかし凛々子が一緒に動いてくれるなら、その間にエレナが一人でスラムに行くことができる。それに何より、凛々子はもともとこの世界の住人ではない。その世界のことは今もなお信じがたいほど謎に満ちているが、獣人に対する余分な知識や偏見もなく、むしろ好感を持っていることは、トトやプリマにとっても良いことに思えた。


「分かったわ。じゃあ私は明日組合に行ってくるね。私もそろそろ帰るけど、トト君をよろしくね」


 オッケー、と言う彼女の返事を聞いて、エレナはトトにも手を振った。トトは片手を上げかけて、慌てて頭を下げた。

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