第11話

 姉が出稼ぎに行っていた時と商品はほとんど変わっていない。しかもその当時の商品を知っている人が検品をするのだから、すぐに許可をもらえるだろうと思っていた。だがおじさんはふと動きを止めて、眉間にしわを寄せながら顎に手をやった。


「どうか、しましたか?」


トトが恐る恐る聞くと、おじさんは顔も姿勢も動かさないまま、独り言のように言った。


「いや、お前の姉ちゃんの事よ。んーなんだったかなぁ、なぁんか引っかかるんだよなぁ」


「お姉ちゃんが、何か……?

 そういえば、最後の商売の日は、お姉ちゃんは帰り道に襲われたのでしょうか。出稼ぎに来るときは必ずここに来るはずだから、何か記録が残っていたら見せていただけませんか?」


 騎士国に入国をした後は、ここで必ず商売の許可証をもらい、帰るときはそれを返却するのだ。その際に発行と返却の記録をつけるはずだから、もし姉が最後に出稼ぎにきた時の記録が残っていれば、姉は帰り道に襲われたことになる。……と言っても、それが分かったところで何になるわけでもないのだが、ふと気になって聞いてしまった。


「記録、記録……、そうだ、記録だ! お前の姉ちゃんよぉ、なーんか変な消え方したんじゃなかったかぁ? ちょっと待ってな」


 そう言って、おじさんは部屋の奥に行ってしまった。


(変な、消え方……?)


 姉に、何かあったのだろうか。そのまま固まって待っていると、おじさんは分厚い本を抱えて戻ってきた。トトの望んだ通りの、定期市の商人の記録だった。彼は慌ただしくその記録をめくる。


「えぇと、この辺か? ……あぁ、あったあった。ほら、見てみろよこれ」


 そこには確かに許可証が発行された記録が、つまり、姉がここへ来ていたという記録が残っていた。「あぁ、お姉ちゃんは騎士国にはたどり着いていたんですね」「いや、そうなんだけどよお。こっち見てみろよ」


 トトはおじさんが指差した返却の欄を見た。


「空欄……?」


「そうなんだよぉ。定期市は朝から夕方まで。でも街道と言えど夜は危険だからな。ふつうは組合が紹介する宿で夜を明かしてから、次の日の朝に許可証を返却して帰る奴が大半だ。プリマちゃんもそうしてた。

 許可証の返却期限は定期市の翌日までだろ? ところがそれを過ぎてもちっとも返却しに来ねえ。だから俺たち色々と探したんだぜぇ。もし期限を過ぎてからも商売をしてりゃあルール違反だからな。

 でもプリマちゃんはそんな事するような子じゃねえ。まさか許可証を返し忘れたのかとも思ったんだけどな、今までそんな事なかったし、門番のとこ行っても獣人の商人は通らなかったって言うしよぉ」


「どういう、事……? で、でも、ドラゴンの森で、お姉ちゃんが使っていた荷車が転がっているのが見つかっているんですよ!?」


「あぁ、そうだ、荷車な。それも変な話でな。プリマちゃんを探してた時、荷車だけは市場近くの裏路地に転がってたんだよ。売り物もそのまんま。さすがに金は残ってなかったけどな。だから、どっかで隠れて商売を続けているわけじゃあねえな、って事はわかったんだけどよ。

 とりあえずそれだけ回収して組合所の外に置いといたんだが……それもその内消えて無くなってたんだぁ」


 トトは茫然とした。


 姉は、サウストを出ていない……? 姉の死後、ようやく整い始めた自分の足元が再びぐらぐらと揺れて、また新しいひび割れを作りはじめた。


「いつもプリマちゃんが泊まる宿にも聞いてみたんだが、そもそも泊まりに来てすらいねえって言うのよ。定期市が始まってから、何かあったんだろうなぁ。

 でも何か揉め事でも起きてれば、嫌でも俺たちの耳に入ってくるし、こんだけ人が集まるんだ、何かあったのを見かけた奴が絶対いるはずだろ? でも、それも無し! プリマちゃんは忽然と姿を消しちまったんだ」

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