第10話

「ボクらは、王国から離れたところにある集落に住んでいて、山で採れる食物とか、薬草を育てて生活をしているんです。騎士国との間で商売ができるようになってからは、月に一度の定期市に合わせて、それをお姉ちゃんがサウストへ売りに行っていたんです。

 いつもなら2、3日ぐらいで帰ってきていたのに、2年前のあの時は、5日経っても、帰ってこなかった……。

 心配になったボクらは探しに行ったんです。でも、お姉ちゃんは、とうとう見つからなかった。

 だけど数日後、山を降りた森の、街道を少し外れたところに、お姉ちゃんが使っていた荷車が転がっているのが見つかって……」


 ドラゴン山脈の麓には、魔物が棲む森が広く続いている。彼らは闇を好む。そのためふつうは木々が晴れた明るい街道を通るのだが、ごく稀に昼間であってもそこに魔物が出現することが報告されていた。


「魔物の仕業だって。魔物に襲われたんだって、みんなは言った。魔物の棲む森の中には野盗だっていないから、ボクもそう思った。もうお姉ちゃんは、2度と帰ってこなくなってしまったんだって……」


 トトは顔を下に向けた。エレナはトトが落ち着くのを、黙って待った。


「……その日から、ボクの集落から出稼ぎに行くことはなくなりました。でも、今はなぜか魔物が減っているんですよね」


「ええ、不気味なくらいね」


「だから、つい1週間前から、また出稼ぎに出ることに決まったんです。今度は、ボクがサウストに行くことになって。ここでの商いの許可を取りに、組合へ行ったんです」






 組合所は、だだっ広い一部屋だけの建物に、大きな口を開けた入り口があるだけの、巨大な倉庫のような建物だった。


 その中で多くの商人たちが、各々の商品を組合人に検めさせていた。祭りの日と比べれば大した人数ではないらしいが、それでも小さな国の小さな集落に住む獣人のトトにとっては、あまりの人の多さと緊張で目を回しそうだった。


 別に怪しいものを販売するわけでもないのだから堂々としていれば良いものの、いざ検品の順番が回ってくると、耳から尻尾の先までピンと体が張り詰めて、汗で毛が濡れそうになるほどだった。何より自分は獣人だ。どんな反応をされるのか怖くてたまらなかった。だが幸運にも、トトの担当者は、姉を知っていた。


「おぉ!? お前もしかしてプリマちゃんとこの獣人か!?」


「お姉ちゃんを知ってるの!?」 


 トトはすぐに口を押さえた。思わず大きな声を出してしまった。しかもタメ口だ。人間相手に丁寧な言葉で話ができるよう練習してきたのに。台無しだ。だがおじさんは全く気にしない様子でトトに近づいてくれた。


「ああ、坊主はプリマちゃんの弟なのか! 獣人の商人なんて珍しいからな、よーく覚えてるよ。んで、プリマちゃん、一体どうしちまったんだぁ?」


 安心したのもつかの間、今度は姉のことを思い出して、トトの心に影が差す。でも、今度は丁寧に、落ち着いて、と思うだけの余裕が、トトの心には生まれていた。


「……2年前に、亡くなりました。ここへ来る道か、帰る道に、ドラゴンの森で魔物に襲われたようです」


「何ぃ!?」とおじさんは驚いたが、少し黙ったあと、白い眉毛を八の字にして、上を向いて目を閉じた。「そうか、2年前ならまだ魔物がいたもんなぁ。そいつは、気の毒だったなぁ」


 それから、彼はトトの荷物を検め始めた。空気は少し重くなってしまったが、姉にも気の良さそうな知り合いが出来ていたという事に、少しだけ心は温かくなった。

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