第9話

 彼ら獣人は、人間にも馴染めず、野生の狼の言葉も聞けない、孤独で数少ない人種だ。


 狼が変異したのか、あるいは人間が変異したのか。共通の言葉を使うことから、もともとは人間だったという説が有力だが、はっきりしたことは分かっていない。だが魔物の出現と同時に現れた彼らは魔物として扱われ、一方的に街の近くから排除された。言葉で意思の疎通ができたのにも関わらず、だ。人間も獣人も、多くの血を流した。そして争いに疲れた彼ら獣人は、ドラゴン山脈の中腹に王国を築き、今も大半はそこで暮らしているという。


 しかし不必要に彼らが恐れられていた時代は、エレナが生まれる前には終わっていた。彼らの王、獣王の努力あって、ここ騎士国では入国も認められ、二つの国の間で商売ができるようになった。更には住民権を得て学校へ入学することも、仕事に就くこともできる。何より彼らは人間よりも体が大きく成長する者が多く、身体能力も高い。そのため優秀な人材として、この国を統治する組織、騎士団に所属する者もいるのだ。


 でもだからと言って、人間の立場から「もっと堂々としていいのよ」とは、言いたくても言えなかった。それに、何か気の利いた言葉を言えない、いや、気の利いた言葉を探そうとする自分を、エレナは情けなく思った。


 人々が獣人を理解し恐怖心は消えても、差別は今も根強く残っている。小さな、それでも大きな傷を付ける諍いは、隔離して暮らしていた時代よりもむしろ増えており、そうして虐げられた獣人の中には、犯罪組織に加わる者が少なくない。彼らの不法入国は絶えず、野盗として商人や旅人を襲う者もいる。彼らは人間を食べないが、こうした連中のおかげで、獣人は人を食べると勘違いしている人間も未だに多く存在している。


 そうして、人間の獣人に対する印象は悪くなり、獣人が人間に抱く憎悪も増す。負の連鎖は止まらない。街に獣人が出入り出来るようになったとはいえ、街で暮らす事を選ぶ獣人は、今もほとんどいない。数で圧倒的に有利な人間に対して、たった一人の獣人の子供がここまで警戒するのは当然と言ってもいいだろう。


「何か、あったの?」


「……お姉ちゃんを、探しています」


「お姉ちゃん?」


「はい。ボクと同じ茶色の毛に、黒い耳をしてて、鼻筋も黒くて。身体は、茶色と黒と白が混ざったまだら模様で、目の色はボクと同じ。金色の瞳をした獣人です……あっ、名前は、プリマ、って言います」



 てっきり異種族間の軋轢から何か問題に発展してしまったのかと思っていたエレナは少し意外に思ってしまった。それを悟られないように、質問を続ける。


「お姉ちゃんと、はぐれてしまったの?」


「い、いえ、そうではないんです。ええと、その、お姉ちゃんはもう……じゃなくて、いるかもしれなくて。えっと、つ、つまり僕が1週間前にここへきた時に情報があって」


 トトは、ちらりとエレナを見て下を向き、またちらりと見て下を向きを繰り返しながら早口に、だがしどろもどろに話す。


「もういないって思ってたけど、いるかもしれない。それで……」


「落ち着いて」


 エレナはトトの言葉を遮って席を立ち、彼の隣へ移動した。「ゆっくりでいいのよ。大丈夫、ちゃんと聞くから」


 はい、深呼吸、と言って、エレナはトトにたっぷり空気を吸わせ、吐き出させる。緊張をほぐす効果はあったようだが、話すべき順番を見失ったのか、えぇと、と言ったきり言葉が出なくなったようだ。


「じゃあ順番に聞いてみようかな。お姉ちゃんがいなくなったのは、いつ?」


「に、2年前……です。その、亡くなったんです。で、でも」


「生きているのかもしれない、ね。じゃあ、まずどうしてお姉さんが亡くなったと思ったの?」


「それは……森……森に」


「森?」


「はい。ドラゴンの森に、荷車が転がってたんです」


エレナの質問に答えていくうちに、トトは徐々に落ち着きを得て、ようやく事の始まり捕まえることができたようだ。


もう一度、今度は自分から深呼吸をして、話し始めた。

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