第6話
「シオン、ただいま!」
家の扉を開けると、酒の匂いがすぐに鼻をついた。思わず顔を引いてしまいそうになる。
明かりも灯さず、背を向けてシオンが寝転んでいるのを、窓から入る花火の明りが教えてくれた。彼は振り返らないまま、生返事で「おかえり」と言った。
ほとんど家具を売り払ってしまっているために、だだっ広い正方形の部屋の中はガランとしている。寒さをしのぐための寝具と、僅かな衣類。ガラガラの食品棚に、無数の酒瓶……。
そしてシオンの手にも、酒瓶が握られていた。いつもなら心が折れるところだが、プリマはとびきりの笑顔で、シオンの前に回り込んで、銀貨を広げてみせた。
「ねえ見て、私やったよ! 銀貨4枚。これでちょっとは生活できるね!」
だらしなく伸びた髪を耳にかけて、シオンはぼんやりと差し出された銀貨を見た。いつもは色白なはずの顔が真っ赤だ。相当、飲んでいる。
酩酊したシオンは無表情のままで、プリマは体を硬くした。
銀貨が、少なかったのだろうか。それとも機嫌が悪いだけ? 以前、怒ったシオンに強く掴まれたときにできた腕の痣を、気づけば庇うようにさりげなく押さえていた。
しかしようやく状況を飲み込んだのか、やがて彼は笑顔になってプリマの頭を乱暴に撫でた。酒の匂いがむっとプリマを包む。
「おぉーすげえ! やるじゃんプリマ! さすがは俺の女だなあ~、もう盗賊に転職しちまうか? やっぱ頼れるのはもうお前しかいねえよ」
それからプリマの胸に頭を押し付けるようにだらりと抱きついてくる。プリマもひとまずホッとして、彼を抱きしめた。銀貨をどうやって盗んだことにしたか考えていたが、幸い今のシオンがそれを聞いてくることはなさそうだ。だが、
――今日も、彼はいない。
そうプリマは思った。
確かにここにいるのに、まるで抜け殻のようでどこにも見つからない。そんな奇妙な感覚が、もうずっと続いている。綺麗な銀色の髪から覗く瞳も、どこを見ているのか、分からなかった。
シオンは、魔物狩りの仕事をしている。プリマはその助手であり、恋人だ。助手といっても、魔物退治ができるわけではない。シオンに惚れて、とにかく一緒にいたいがために、仕事を手伝わせてくれと言った。だが魔物を見たことすらなかったプリマに魔物狩りの仕事など務まるわけもないので、「助手」という肩書きで、料理や洗濯など、シオンや他の魔物狩りたちの世話をしている。
魔物は、この世界に存在する悪しきものだ。その姿は様々で、人のような形をしたものもいれば、動物に近い形のものもいる。しかし形がそれらに近いだけで、グロテスクな見た目をしているものがほとんどだ。感情も言葉も持たず、意味も見境もなく人や家畜を襲う。今から何百年も前から存在するというのに、未だに発生源や生態の詳しいことは分かっていない。
「この世に魔力が存在する限り、魔物は無限に出現する」
今のところはそう発表されていた。
魔物狩りは、そういった魔物の被害を受けている人からの依頼を受けて、その報酬で生活をする。魔物が出る街道を進まなければならない商人の護衛として、その旅に同行することもある。また依頼がなくても、街の管理区域に出現した魔物を斃せば、その量に応じて、この国を統治する組織である騎士団から報奨金がもらえることになっている。死と隣り合わせの仕事ではあるが、だからこそ収入は悪くない。魔物は無限に出現するのだから、需要が減ることもない。安定した職業とまで言われる。
ところがここ数年、その魔物の出現が減り続けているのだ。無限に出現する、と言われていたはずの魔物がなぜ減ってしまったのかは、これまた原因を究明中とのことだが、皮肉なことに、人々が喜ぶ一方で、魔物狩りたちは打撃を受けた。
魔物がいなければ、収入はない。貴族や商人に雇われていた者たちも次々と解雇されており、シオンもそのうちの一人だった。半年前に専属の護衛を務めていた商人から解雇されたのだ。納得のいかなかったシオンは大暴れし、今では接近禁止命令まで出されている。
最後に仕事があったのは、もう3ヶ月も前になる。だが溢れた魔物狩りたちが一つの仕事に集中するようになっており、分け前はわずかなものだった。貯蓄はとうに底をつき、売って金になるような物すらなくなっている。
シオンは、魔物狩りになるために生きてきたような男だった。同じく魔物狩りであった父を幼い頃に仕事で亡くし、それからは父親に代わって強くなるために、一心不乱に剣を振るってきたのだという。
自信家で人に頼ることを嫌い、協調性に欠けるところが玉に瑕ではあるが、実際彼の仕事の評判は良く、それは彼自身の誇りでもあった。だが、金と仕事、そして仕事仲間さえ目に見えて減っていくのと同時に、彼の心も荒んでいった。
荒れている彼は、怖い。でも、プリマはシオンを信じていた。
本当のシオンは、こんな人じゃない。それを、プリマはちゃんと知っている。正義感が強くて、優しくて、笑顔が素敵なプリマのヒーローなのだ。
…………誰がなんと言おうと、そうなんだ。
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