第4話

「何で窃盗犯を捕まえて俺の財布から金が出て行くんだ」


 連れてこられた先で、プリマは俯いて震えていた。


「だって凛々子お金ないんだもん」


「なぜ金を貸す必要があると聞いてるんだ!」


「困ってる女の子がいたら助けてあげるっしょフツー。だからモテないんだよシルヴァは」


 ねえ? と凛々子はプリマに同意を求める。


「やっぱり……騙したんですね、私のこと」

 

 震える声で、プリマは言った。


「は? なんで?」


「だってここ警察じゃないですかぁ!!」


プリマは、凛々子とすらりとした長身の男と、机を挟んで向き合うようにして座っていた。

 四角い部屋に、四角い机と椅子だけが置いてある。この部屋の名前は、取調室というのではないのか。潔白を表す壁の色が忌々しい。


「いや騙してないし! 凛々子本当にここに住んでるんだもん、しょーがないじゃん! 別にここに来たからって逮捕される訳じゃないって」


 凛々子は言いながら、人差し指で上を指す。どうやらこの上の階に自分の部屋があるらしかった。


「だから、何を言ってるんだ。窃盗犯だから連れてきたんだろう?」


 シルヴァの問いに、プリマは凛々子を睨み、凛々子はシルヴァを睨んだ。


「もーシルヴァは黙ってて!」 


 凛々子はシルヴァのものであろう財布を机の真ん中に置いた。彼はどうやら凛々子の上司らしいのだが、金を取られた上に黙れと言われる彼が少し心配になった。それで呆れつつも本当に大人しく黙るのだから、さらに心配になる。


 プリマはため息をついて、額に手を当てた。他人の心配などしている場合ではない。焦燥と諦観が胸の中をぐるぐる回り、何も産み出せないままやがて苛立ちに変わっていく。


「で、何で盗んだの?」

「そんなの、お金がないからに決まってるじゃないですか」


 自分でも呆れるほど、幼稚な返事を凛々子に投げつけた。もう家には戻れなくなるかもしれない。だがこの怒りが、うまい言い逃れを考える思考を阻害している。


 だが、凛々子は何を言うでもなく、プリマをただじっと見つめた。重苦しい沈黙がプリマの首を絞めているように苦しかった。何を考えているのか、その表情からは読み取れない。細く整った眉毛のせいか、怒っているようにも見えるのだが、丸い大きな瞳はただただ純粋で、まるで子供にじっと見つめられているような気さえする。いずれにせよ、居心地の悪さは変わらない。とにかく何か言わなければと口を開こうとした時、凛々子はシルヴァの財布を手に取った。


「……ん。で、いくら?」


「えっ」「おい!」


「うわ、やっば! ちょー入ってんじゃん! 凛々子こっちのお金の感覚はまだ微妙なんだけど……銀5枚くらい抜いても大丈夫じゃね?」


「大丈夫じゃない!」


「はあー? いーじゃんまだいっぱい入ってんだからさあ。これで女の子の人生が救えるなら安いもんっしょ。ケチなとこも良くないよねー」


 はい、どぞ。と言って、凛々子はプリマの手を取って、銀5枚を握らせた。


「……どうして」


「だって、ヒドい顔してたからさ」


 プリマはそう言われて、自分の心臓が跳ねるのを感じた。

 思わず自分の顔を手でペタペタと触ってしまう。


「ぶ……っ、ちげーし! 顔の形がヒドいって意味じゃないんだけど! ツラそーな表情をしてたってことだよ。天然かよ」


 ぎゃはは、と凛々子に笑われて、プリマは顔を赤くした。まだ心臓は落ち着かなかったが、誤魔化すように、もう一度凛々子に問いかける。


「だ、だからってどうして! 言っておきますけど、こんなお金、返せるなんて言ってませんから!」


 それは困る、と言いかけたシルヴァの口を塞いで、凛々子は言う。


「別に凛々子もいつまでに返せ、って言ってないけど」


「はぁ……?」


 一見無愛想に見える彼女の表情が、ふっと緩んだ。


「でもカン違いしないでね」


 そう前置きしながら、凛々子は取調室の扉を開けた。

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