第3話

 終わりだ。捕まってしまったら、終わりだ。人生をかけて手に入れたものを失って、それからは、惨めな生活と本当の孤独が待っている。

 頭の中に、最後に見た彼の顔が浮かんだ。その顔は、やつれてボロボロだ。


「待てぇーーぃ!!」


 もう少しで大通りに出る、というところで、背中に衝撃を感じてプリマは倒れ込んだ。プリマの上に、息を切らした凛々子がのしかかっている。


「ちょっとさあっ、人が、話、聞いてあげようとしてんのにっ、逃げるとか超失礼なんですけど! マジ50m走7秒台ナメんなよ」


「ご、ごめんなさい、ごめんなさい! どうしても必要だったの! ごめんなさい!」


「だぁからぁ! 話聞いてあげるっつってんじゃん! いくらいるの!」


「本当にごめんなさい!! ……え?」


「いやだからさ、え? じゃないって。マジいい加減話聞いて?」


 そう言って凛々子はプリマの手を掴んだまま、ゆっくりと背中から降りた。息を整えて、深呼吸をする。


「せーっかく凛々子が人目につかないとこまでわざわざ移動してやったのにさ」


 はっと顔を上げれば、ここは大通りから丸見えだった。怪訝な表情で二人を見ながら、祭りの客が通り過ぎていく。

 プリマは彼らと目が合わないように気をつけながら、ゆっくりと立ち上がった。


「で、いくらいるの?」

「どうして、そんな事を聞くんです」

「だってお金がないから盗ったんでしょ? でもさっきの盗みは失敗しちゃったから、結局また盗まなくちゃいけないんでしょ?」


 プリマは何も言わずに俯いた。もちろん、そうだ。凛々子から逃げ切れていたなら、プリマは次のターゲットについて考え始めていたはずだ。


「だからさ、ちょびーっとなら、凛々子が貸してあげてもいいよ?」


「はっ?」


「ただし、条件付きで!」


 警察が犯罪者に金を貸す? プリマは耳を疑った。そして「条件つき」という言葉に、すぐにいやな予感がする。こちらに都合のいい条件などあっていいはずがない。何かとんでもない脅しを受けるに違いない。


 プリマは凛々子の視線や表情を探った。何か、読み取れる思惑はないだろうか。そう思ったのに、凛々子の眼差しは呆れるほど真っ直ぐで、プリマはすぐに視線を外した。なぜか、そんな事をする自分が恥ずかしくなったのだ。どうしてこんな気持ちにさせるのか、分からない。そしてその場を誤魔化したいがために、プリマは条件を聞いてしまった。まだそれを飲むと決まったわけではないのだと、言い聞かせながら。


 だがその答えに、またもプリマは混乱する。


「なんで盗んだのか、教えて?」

「それだけ、ですか?」


 凛々子は真顔で頷いた。


「でも、私は捕まるんでしょう?」

「もう一回やったら、捕まえる。……なんかヤバい理由があったんでしょ? それが解決できれば、お金盗られる人もいないしー、凛々子も働かなくていい。ね、一石二鳥じゃん。あ、そんでいくらいるんだっけ」


 プリマは返事に困った。

 何で盗んだのかと問われれば、それは「金がないから」だ。もちろん、凛々子が問うているのはそんな事ではなく、その金がない理由であり、盗みを働くに至った経緯だ。しかし、それを話すわけにはいかない。もし話してしまえば――プリマには到底その後の人生を歩める気がしなかった。そもそも金を借りたとしても、返せる見込みなどないのだ。


 だが最善の策は、と考えたところで、道はほとんど決まっていることにプリマは気付いた。

 話さなければプリマは金を得られず、また盗みを働らかざるを得ない。しかし警察に顔を覚えられてしまった以上、捕まるリスクは非常に高い。もし捕まって牢の中へ拘束されてしまえば、いずれ本当の理由はバレる。日を改められたらまだ良いのだが、そんな時間はないのだ。この祭りという絶好の機会に、何としてでも金を手に入れなければならない。


 今話すか、あとで知られるか。どちらにしても、プリマにとっては死刑を宣告されるようなものだった。

 ならば、金のない理由をでっちあげて今話すしかない。必死で頭を回転させて、妥当な理由を懸命に探した。だがプリマがすぐに答えられないでいると、凛々子が急に手を引っ張ってきた。


「とりまうち行こ。どっちにしても凛々子も今あんまり持ち合わせないからさ、取りに行かなきゃ」


「えっ、ちょっと待ってください! 私まだ何も言ってないじゃないですか!」


「いーからいーから」


 そうしてプリマはずんずん凛々子に引っ張られていった。

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