傘隠し

 窓を叩く雨音が心地好い。湿度の高い空気が肌に纏わりついて、体を起こすことさえ気怠かった。目を開けて、隣に在ったはずの温もりに手を翳す。半回転して、ベッドの上からキッチンを覗き込めば、彼はすっかり身だしなみを整えて朝食を作ってくれているらしかった。じっと見つめていると、おはよう、と彼が言う。おはよう、そう返事をするよりも前に、ぽろりと飾らない言葉がこぼれた。


「傘、隠しちゃおうかな」


 彼はひどく愉しそうに顔を上げた。


「ぜひ隠してよ」

「そうじゃない」


 無邪気な返事に顔を顰めると、わかってる、と彼は此方に近づいてきて私の髪を優しく撫ぜた。旋毛にくちびるが落ちる。


「次できるだけはやく会いに来るからさ、ゆるしてよ」

「本当?」

「僕が嘘を吐くとでも?」


 彼が冗談めかすように手を広げて問う。思わず笑みが洩れた。口の端が引き攣った、微笑。


「息をするように嘘を吐くくせに」

「ふふ、バレてたか」

「はなから隠す気なんてないでしょう」


 キッチンに戻る彼を追いかけコーヒーを淹れる背中に腕を伸ばし、倒れ込むように抱きついた。たばこと貴方のにおい、広い背中に胸が詰まって、頬を擦り寄せる。貴方にただいまと言えたらいいのに、貴方の年季の入った革靴も紺の傘も、神隠しにでも遭ったかのように此処にずっと置いてあればいいのに。私の手に重ねられたおおきな片手が、今日は随分冷たく感じた。


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雨降りの今日 小綿 @mizuki_luna

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