第6話
「――――、――」
食事の用意をした人が何か言ってるけど、何も頭に入らなかった。
しばらくして、冷めた食事は片付けられ、枕元の棚にカットされた果物と飲み物が置かれた。
でも、何も欲しくない。
「…………」
村の味である冷めると渋くなるお茶も、よく食べたお菓子も、何も口に入らなかった。
エンリに子供ができた。
これはキツイ……。結婚してたった二ヶ月で子供を授かったって。
自分の何もない腹を撫でてみて、なんで、四ヶ月と十二日、夫婦だったのにできなかったんだろうと、涙が止まらなかった。
もう愛人の立場では、エンリの子供を望むことも許されないというのに……。
「ふぅっ」
――エンリの子供は正統な血筋から。
「うっ……うっ」
エンリは来ないのに、私はなんでここにいるんだろう……。
「エンリ……、助けて……」
食べることを拒否した身体は、簡単に病に侵されてしまった。
『だめだよ、ロナぁ……飲んで? これ飲まないと元気になれないよぉ』
エンリが差し出すのは薬液の入ったスプーン。
『お願いだよ、ロナ、もう少しだけ、ね?』
……すごいね、夢だってわかる夢見てる。
『ロナぁー……』
ふふ、泣きそうなエンリの顔、嬉しいなぁ。心配してくれてるの?
『当然じゃないかー……』
泣きそうなエンリの顔が、本当に泣き顔になってしまった。
エンリはもう私のこと、いらないはずなのに。
『いらなくないよ!』
ポタポタ止まらない涙、泣き虫エンリだ。
ほら、泣かないで、エンリはお父さんになるんでしょ?
『僕はあきらめられないから、ロナを愛人にしたんだよ!』
愛人になんかなりたくなかった、エンリと家族になりたかった……。
『なら待っててよ!』
何を……?
『お願いだよ、ロナ、待っててよ、僕が終わるまで』
待っててよぉーと泣くエンリの柔らかい髪を撫でた、そんな夢を見た。
私が病に倒れてから、次に目を覚ますと、ひと月も経っていた。
自分でも驚くほど細く白い腕に点滴がつけられていた。
医者が呼ばれて診察後、あなたも診察受けた方がいいんじゃない? と思うほど、青い顔したハイヤードさんが入ってきた。
「この場からは動けないあなたに、聞かせる話ではありませんでした……、不安にさせて申し訳ありません」
えーと……、なんの話だっけ?
「気をしっかり持ってください。あなたに何かあれば、全て……終わりなのです」
跪き両手を組むその姿は、まるで神に祈るようで、震える手が何かに怯えているようにも見えた。
動かない脳ミソには、ハイヤードさんの言葉は理解できないものだったけど。
「待っていてください」
『待っててよぉー』
ハイヤードさんの言葉が、夢の中のエンリの声と重なった。
あれは現実? 夢? 夢でも嬉しかったなぁ。
私がエンリを看病した回数の方が、ずっと多いのに、私がたまに風邪を引くと、涙いっぱいで看病してくれたっけ。
手にはエンリの柔らかな髪の感触が残ってるようで、不思議な感じがする。夢でも、私の身体がエンリの髪の感触を覚えているのかもしれない。
もしかしたら、夢じゃなかったのかもしれない。……夢であって欲しくないなぁ。
目の端に入った色に目を向ければ、枕元の棚には水差しと、小瓶に差された花の枝。名前なんて知らない黄色の花。私たちは“チッコイ花”と呼んでた。
『見てみてぇ、ロナぁ、チッコイの咲いたねー、これ庭で育てたいねー』
『食べられない草に用はないわよ』
『ふふ、ロナならそう言うと思ったぁー』
『あら、イチゴなら花も好きよ』
『ロナのイチゴジャム大好きぃー!』
そんなやり取りを思い出してしまう。
アレは夢じゃなかったんだろうか……。
信じてみようか……、信じて待ってみようか……。
『僕はあきらめられないから、ロナを愛人にしたんだよ!』
『お願いだよ、ロナ、待っててよ』
待っててと、泣くエンリが夢じゃないなら。
待ってみよう。
ここで、何もすることがないのだから、夢でもいい、私が勝手に信じて、待つだけ。いいじゃない、それで。信じてみよう。
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