第5話

 「にゃあ」

 その時、聞き覚えのある泣き声が聞こえてきました。ハッと顔をあげると、黒猫ちゃんが、私の家の前にちょこんと座っていました。

 「えー!」私は黒猫ちゃんに駆け寄って、抱き上げました。

 「すっごくいいことって……」もしかして、黒猫ちゃんを拾うこと? 「ちょっと自信過剰なんじゃないですか?」と、私は黒猫ちゃんの目をのぞきこんで言いました。

 黒猫ちゃんは知らん顔をして、「にゃあ」と鳴きました。

 それから私は家族に猫を飼ってもいいかと頼み込みました。お風呂掃除や食器洗いを一週間私がやる、という約束もして、なんとか黒猫ちゃんは我が家の猫にしてもよい、と許可がおりました。

 夕食後、お風呂からあがり、自分の部屋で髪を乾かしていると、髪の毛がドライヤーに絡まってしまいました。

 「イタタ」

 ドライヤーを急いで止めて、絡んだ髪の毛をほどきながら、「もう! やっぱりついてないですね。 あーあ、名前を変えてほしいって言ったら、どうなっていましたかね……」とぽろりとこぼしました。

 すると「シャー!」と黒猫ちゃんが抗議するように一声鳴いて、机の上に飛び乗りました。

 「あ、ごめんなさい。黒猫ちゃんがうちに来てくれて嬉しいですよ!」

 慌てて黒猫ちゃんに謝って、黒猫ちゃんが前足で踏みつけている学校の課題のプリントを引き抜こうとしました。プリントを引っ張っても、黒猫ちゃんは足を踏ん張ってプリントを抑えています。よく見ると、黒猫ちゃんは私の名前の、福富幸、の富の字の上に丸い前足を乗せて隠しています。

 「んー?」

 「福、幸」逆さに読むと……「幸福、か!」

 黒猫ちゃんが得意そうに、「にゃん」と鳴きました。

 「見方を逆さにしろってことですか? うーん、じゃあ、黒猫ちゃんのお名前は、私のふこうのをあげて、トミーさんにしましょうか! 一字だけなら、とみですからね」

 「にゃん!」と、黒猫ちゃんがイイネって言ったみたいに一声鳴くと、ドライヤーに絡まった髪の毛が、するりとほどけました。

 「明日はきっと、いいことありそうです……」と黒猫ちゃんに言うと、「にゃーお」と、訳知り顔で鳴きました。

 そして足に絡みつくように頭をこすり付けると、すまし顔で私の前を横切りました。

 「百一回目」という黒猫ちゃんの声が聞こえたような気がしました。悪い兆し? そうかもしれません。

 けれど……、二百回目には何をお願いしようかな? そう思うと、黒猫が前を横切るのも悪くない、「悪いことはいいことの前触れ」と思えてくるのでした。

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名前にまつわるエトセトラ 和來 花果(かずき かのか) @Akizuki-Ichika

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