第22話 殺せない
「……とりあえず、コイツらは蒼蟇に見張らせときゃいいか。蒼蟇、頼むぜ」
「ゲコ」
ジークは気絶したロイを雑に蒼蟇へと放り投げ、蒼蟇はベタベタした舌で彼をキャッチした。
「……これで後は、眠り姫二人が目覚めるのを待つだけだな」
「まあそうなんだが……師匠、アンタなんで急に俺達に味方してくれたんだ? アンタの思考回路が分からんのは今に始まったことじゃないが、今回ははっきりさせときたい」
「ああん? ……まあアレだ。昔のアタシがお前らを拾った時の気持ちを、思い出しただけさ」
「……アンタはどんな気持ちで、俺達を拾った?」
「……あんまり深いことは考えてねぇよ。まともじゃない境遇にあるガキを、まともな境遇にしてやっただけだ。……面倒臭くなったら捨てるつもりだったのに、いつの間にか愛着が湧いて……手放せなくなっちまった」
「……そうか。捨てないでくれて、ありがとうな」
「……アタシの話はもういい。それより今は……」
「分かってる。……エマ、アテネ……」
ジークは眠り続けるエマとアテネの手を握り、二人と同じように目をつぶる。
「……俺には、声をかけ続けることしか出来ない……二人とも、なんとか自力で脱出してくれ……」
「……結局、無抵抗かよ。ええ?」
夢の中のエマは、一方的に痛めつけられるだけだった。憎い男を前にして、出来るはずの抵抗をせずになされるがまま、蹴られ殴られ続けている。
「……お前は俺を殺せるはずだ。なのになぜ殺さない? ……お前は俺に抵抗出来ないと、骨の髄まで染み込んでいるからか?」
(……そんなわけないだろ……分かってるんだよ。アンタを殺したが最後、私の魔族への憎悪はもう止めどなく溢れてしまうことは……! くっそぉ、本物のあの人は間違いなく人間のはずなのに、この期に及んで私はそれを確信出来ない……それは、私にとってあの男が人間ではなく魔族に近い存在だということ。そして、私にとっての魔族は、まだそんな認識なんだってこと!)
エマはずっと耐え続けていたが、そろそろ限界が近づいていた。このまま抵抗出来ずに、夢の世界で殺されればどうなるのか……流石のエマも、そんなことを考えるだけで心が恐怖に支配されそうになっている。
(……どうすればいい? 相手を殺すことは出来ない。でも、それ以外にここから脱出する方法が見つからない……どうすれば、どうすれば……)
『……マ……』
「……!?」
……その時、エマの耳には聞こえるはずのない声が聞こえてくる。それと共に彼女の右手には見えない何かが発する仄かな温もりが感じられるようになり、見えない何かはエマの腕を後ろに向けて引っ張る。
「……そうか……そうだよね。私はアテネちゃんを守らないといけないのに、いつまでもこんな場所にいちゃいけないよね」
エマは自分の手を引く何かに導かれ、後ろを振り返り男に背を見せる。
それから、しばらくの沈黙を経て……彼女は、思い切り走り出した。
「んなっ……おい待て! お前逃げるのか! 目の前の敵と、俺と向き合わなくていいのか!」
「……他人に心を支配されて辛いことから逃げられないなんて、それが一番の不幸だ! 私はあなたを殺せないけど、あなたの思い通りの奴隷にもならない!」
「……テメェ……逃げるんじゃねえ!!! 俺から離れるな! どうしても離れたきゃ殺せェッ!!!」
男はさらに異形へと姿を変え、逃げるエマの後ろを追いかける。男の、エンニーの執念はどこまでもしぶとく付きまとい、エマの背中に手をかけたその時……
「……たとえどんな形だろうと、七つになるまで私を育ててくれたのは確か……あなたも、私の育ての親の一人なんだよ」
エマの決意は、固まった。どんなに自分をひどい目に遭わせたとしても、この男は親のいない自分を引き取ってくれた人。この男がいなければ自分は死んでいたかもしれないという事実を受け止め、エマは男を育ての親だと認めた。
「……だから、私はあなたを殺さない……絶対に殺せない」
男を殺さないというエマの決意が固まると共に、世界は崩壊してエマもそれに巻き込まれる。
エマの意識は失われ、しばらくの間彼女の世界は漆黒に覆われていたが……
「………………エマ! 目が覚めたか!」
「……ジーク……」
自分が見ている世界が変わっても、手を握る温もりは何も変わらない。エマは自分の手を握るジークの手を愛おしそうに見つめながら……自分も同じように、ジークの手を握り返した。
「……待たせてごめん。やっぱり私はまだまだ弱いや……情けない」
「……帰ってきてくれたならそれで充分さ。後は……母親らしく、娘を笑顔で出迎えればいい」
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