第14話 クソババア
「ジークー!? もう朝だよ、起きてー!」
朝、ジークはアテネの声かけによって起床する。もちろんすぐには起きず、何度もしつこく脳に刺激を与えられ続けてようやく彼はベッドから体を起こす。
「遅いぞ寝坊助! さっさと表に出てポスト見てきなさい!」
リビングに出るとすぐ、慌ただしく朝の仕事をしているエマに怒鳴られるのはもう日常茶飯事だ。最初のうちはジークの肩を持ってくれていたアテネも今ではすっかりエマ側であり、ジークは肩身の狭い思いをしながら玄関を出て、ポストの中身を漁る。
「さて、今日の新聞はっと……ん? 手紙があるたぁ珍しいな。いったい誰から……げっ」
ポストに入っていた手紙の差出人の名前を見るに、ジークの表情が歪む。すぐに手紙の中身を確認すると、歪んでいた表情は徐々に焦りの青色を帯びはじめた。
「……大変だ、エマ!」
「ジーク? どうしたのさ、そんな焦っちゃって」
「……アイツが来る。あのクソババアが……!」
「……クソババアって……もしかして……」
「師匠だよ。結婚祝いの席に現れなかったあの人が、今さらこっちに来るらしいんだ……!」
その言葉を聞いた時、エマの顔も旦那とお揃いの焦りを隠せないものになった。二人が『師匠』の話であたふたしている最中、事情を知らないアテネの顔は終始キョトンとしていた。
「えっと……師匠っていう人は、いったい……?」
「……そっか、アテネちゃんは知らないよね。師匠は私とジーク、後ユルゲンさんの師匠で、私達は子供の頃からお世話になっていたんだ」
「へえ、二人の……じゃあ、凄い人なんだね」
「ああ、いろんな意味でな……凄すぎて、出来れば会いたくないくらいだぜ」
「……なんで?」
キョトンと首をかしげるアテネとは目を合わせず、ジークは険しい表情を崩せずにいる。その顔を見てジークが師匠とやらに苦手意識を持っていることを察したアテネは、代わってエマにその視線を向けた。
「……もうね……なんかいろいろ滅茶苦茶なんだよ、あの人。決して悪い人じゃないし、面倒見もいいんだけど……良いところと同じくらい、悪いところも持っている人」
「……二人は、師匠のことが嫌いなの?」
「……嫌いじゃないよ。あの人は、私とジークにとっての親みたいなものだから……嫌いにはなれない。親だからこそ、ダメな点もよく見えちゃうだけなんだよ」
「……そっか。私もジークのダメなところたくさん知ってるけど、嫌いじゃないしむしろ好きだしね」
「ハハッ、そうだね。アテネちゃんがジークを好きなのと同じで、私達も師匠のことはなんだかんだで好きだよ」
「俺をお前と一緒にするなよ、エマ。俺がどれだけあのクソババアのせいで迷惑被っているか……」
その時、ジークとエマの耳には遠くで響く爆発音が聞こえた。その爆発音はどんどん大きくなっていき、それがどんどんこちらに近づいてきていることを二人に示していた。
「……ったく、相変わらず派手な登場の仕方だぜ、ちょっとは普通に出来ないのか」
ジークがそう愚痴をこぼしながら、玄関のドアを開けると……一人の老婆が、ジークの目の前に立っていた。
「……よう、馬鹿息子。アタシがお前達を祝ってやる席に、良い酒は用意してるんだろうな?」
「……生憎、そんなものはもう飲み干しちまったぜ。アンタが呼んでも来なかった席でな」
「……ああん? 呼んでも来なかっただぁ?」
「事実だろ。こちとら
「あったりめぇだろ。一度飲み始めた酒を置いて席を離れるなんざアタシには出来ないってこと、まだ学んでなかったのか? だとしたら……」
次の瞬間、彼女の拳はジークの
「再教育が必要か? ええ?」
ジークに対して一撃のみならず二撃を容易く加えた老婆の実力は、疑うべくもないものだ。アテネは直感で彼女が『師匠』であると確信していたが、それと同時になぜ彼女はジークを攻撃しているのかを理解出来ずにいた。
「……エマ! ジークを助けなくても……」
「だーいじょうぶ。いつものことだから」
エマがそう言葉を口に出した直後、ジークは師匠の方に顔を向け……胃から逆流してきたものを、纏めて彼女に向けて吐き出した。
「うおっ!? おいジーク、テメェ汚えモン……」
「やかましいクソババア!!!」
お返しと言わんばかりに、ジークは自分の吐瀉物を被った師匠の顔面に容赦ない一撃を叩き込んだ。
「……忘れもしねぇよ。ガキの頃、二日酔いしたアンタが俺の頭にゲロ吐いたことはな!」
「……それのお返しってかい……クク、いいねジーク。惚気て腕がなまっていないかと心配したが、杞憂に終わりそうだ」
今度は老婆がジークの顔面に反撃を加え、それに対抗してジークも師匠の顔面に拳を向ける。
「合格だ! それじゃあ久しぶりの殺し合いといこうじゃねぇか、ジーク!」
「望むところだ! 今日こそあの世に送ってやるよ、ババア!」
こうしていつの間にか子供の喧嘩のような戦いをはじめた二人を、エマは冷めた目で、アテネは心配そうな目で見つめている。
「……本当にいいの? これを放っておいて……」
「うん。だっていつものことだし」
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