第11話 はじめての朝ごはん

「………………ああ、そうか……もう、ここが私の家なんだ……」


 窓から差し込む朝陽に顔を照らされ、アテネはジーク家でのはじめての朝を迎える。目が覚めたのはいいがこれからどうしようかと、しばらくの間ベッドの上でボーッとしていたが、リビングの方からエマが出していると思われる物音を聞いてアテネもそちらへと向かった。


「……おはようございます、エマさん」


「……おはよう、アテネちゃん。昨日はちゃんと眠れた?」


「は、はい。……よく、眠れました」


「そう、ならよかったよ」


 エマはニッコリと笑うと、アテネにキッチンこちらへ来るよう手招きする。昨晩に続いて朝食作りの手伝いをしてほしがっているエマの気持ちを察したアテネは、皿の準備をしたり、料理の仕方を教えてもらったりしながら朝の時間を有意義に過ごしていた。


「……うん、ありがとうアテネちゃん。こっちはもう大丈夫だから……次は、いつまでも寝ているだらしない旦那を起こしてきてくれるかな?」


「はっ、はいっ。それじゃ、ジークさんを起こしてきます」


 アテネは昨日必死に覚えた各部屋の位置を思い出しながら、少しだけ迷いながらもジークの部屋まで辿り着く。アテネが音を立てないように部屋の扉を開けると、呑気に寝息を立てているジークの姿が確認出来た。


「ジ、ジークさーん……? 早く起きないと、エマさんに怒られちゃいますよぉ……?」


「ん……それは困る……だけど、まだねむ……」


「ジ、ジークさんっ! エマさんのこと怒らせちゃダメですよ! 早く起きて下さい!」


 アテネは二度寝しようとするジークの肩を掴んでゆっさゆっさと彼の体を揺さぶる。その派手な起こしかたのおかげですっかりジークの目は覚めていたが、それに気づかないアテネはしばらく彼の体を揺さぶり続けていた。


「ア、アテネや……もう起きてるから、揺らすのやめて……」


「あっ……ご、ごめんなさい、ジークさん! えっと、大丈夫ですか!?」


「うん、大丈夫大丈夫……おはよう、アテネ。昨日はよく……眠れたみたいだな、その顔を見るに」


「はい。ジークさんやエマさんの側なら、もう私は安心出来ますから」


「ならよかった……それじゃ、嫁さんに雷落とされる前に挨拶しに行こうか」






「遅ぉい! まったくジークったら、いい加減その寝坊助っぷりは改善出来ないの? もうあなたはアテネちゃんの親なんだから、親らしくシャキンとしたところを見せなきゃ子供に悪影響でしょ?」


 残念ながら、時既に遅し。朝食を用意し終わり、準備万端で待ち受けていたエマの雷はジークの力では回避出来なかった。


「……すんません。でもエマさんや、子供の前でそうやって他人を叱るのも教育上よくな……」


「お黙り! アテネちゃんは少し優しすぎるから、むしろこれに影響を受けるくらいでちょうどいいの!」


「影響与えなくていいって……優しいままのアテネを男は望んでいるからさぁ……」


「…………クスクス……」


 昨日とはまったく違う二人……特に、勇ましい勇者からだらしないダメ旦那に変わってしまったジークを見て、アテネは思わず可笑しくて笑ってしまった。

 口の中に留めきれなくなった笑いを思わず漏らしてしまったことでアテネは思わず口を塞ぐが、そんなアテネを見たジークとエマも吹き出してしまうのであった。


「……いいんだよ、アテネちゃん。笑いたい時はちゃんと笑えば」


「で、でも、失礼じゃないんですか?」


「全然。私達のために戦ってくれるカッコいいジークならともなく、家でのリラックスしてるジークは笑ってあげてナンボだよ。ジークだっていつでもカッコつけていられるわけじゃないんだから、家の中でくらいだらしない姿を見て笑ってあげないと」


「……笑ってもらうのはいいけど、怒らなくてもいいんだよ?」


「夜更かししているわけでもないのに、ちょっとした早起きも出来ない人を甘やかすわけにはいきません。だらしないあなたを叱ったり、怒ったりしなくちゃ、そのうちダメな人間になるかもしれないでしょ?」


「……ま、確かに俺はエマがいなきゃただのダメな奴になりそうだけど……」


「……だからアテネちゃんも、家でジークがだらしなくしていたら叱ったり、笑ったりしてあげて。その代わりに、頑張ったジークのことはちゃんと褒めてあげてね」


「……はいっ。分かりましたっ」


「……よしっ。それじゃ、今日の朝ごはん食べようか! 今日はアテネちゃんにも手伝ってもらった作品だよ!」


「へぇ、今日の朝飯は……おっ、フレンチトーストじゃん。しかも蜂蜜たっぷりの!」


 今日の朝食のうち、フレンチトーストはアテネの手で作られたものだ。昨日エリックからジークは甘い物が好きだと聞いていたアテネが、ジークに食べ物でお礼をしたいとエマに伝えたところ、蜂蜜たっぷりのフレンチトーストが提案されたのである。




『……私も、二人に何かしてあげたいから……今はまだ、ジークさんの好きなものがこれしか分からないけど、そのうちもっともっと他のことでもお礼がしたい……です』


『……ありがと、アテネちゃん。その気持ちだけで、もう私達はお腹いっぱいだよ』


『……ジークさん、喜んでくれるかな……』


『……もちろんだよ。それは、私が保証してあげる』




「……ねぇ、ジーク。実はそれ……アテネちゃんが、あなたのために作ってあげたの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る