第2章 裏切りの街ゴモンの暗黒騎士団 4

 一歩進めば望んだ場所に行ける遠足の魔法は、ゲームと同じように一度行った場所でないと使えない。だけど行ってしまえばココッロ中のどこからでも、どこにでも行くことができる。

 魔物の群れの中から抜け出し、魔王軍の行列が去っていくのを見送って、鉄平は初めて人間の街に入った。

 輿に乗せられて通った時は両脇で人間が土下座していたけど、旅人Aで入ったゴモンの街には、生気がなかった。

 街を歩く人たちは何もかも諦めたようで、時々魔族に蹴り飛ばされては平伏する。

 その所々で、暗黒騎士団が黒い鎧と黒い馬で巡回している。

 とりあえず、マロの居場所を聞かないと。

「すいません」

 家の前の椅子に腰かけている老婆に声をかける。

「これくらいの大きさの子犬、見ませんでしたか?」

「…………」

 老婆は溜め息をついた。そして何も言わない。

「……ごめんなさい」

 鉄平はぺこりと挨拶する。

 警戒されている……わけじゃない。今鉄平は自分の魔力の気配を可能な限り消している。魔王軍の侵攻の中を抜けてきた子供にしか見えないと、ハーンも太鼓判を押してくれた。そのハーンも姿を消しているが。

 だから、多分。

 鉄平は思った。

 この街の人たちは、諦めてるんだ。

 魔王軍に攻め込まれて、暗黒騎士団に裏切られて。

 魔王まで来てしまった今、勇者が助けに現れるまで何もできない……。できることはたった一つ、勇者が来るまで生き延びること。

 そのためにも余所者とは関わらないほうがいいのだ。

 この世界を闇にするために働く魔王としては心が痛むけど、こっちにも優先順位がある。勇者にたおされる前にマロを見つけなきゃいけないんだ。

 その時、微かに怒鳴り声が聞こえた。

 この街の総督や暗黒騎士団の団長と会った大きな屋敷の方からだ。

 鉄平は『身隠しのマント』を呼んだ。

「我を守りし魔王の証よ、身隠しのマントよ。我は汝を使う。我の下に現れよ」

 闇色のマントが現れて、鉄平の姿を隠す。魔法で姿を消すこともできるけど、魔王の魔力が使われるので魔物には気付かれてしまうのだ。その点身隠しのマントは辺りの景色を読み取って姿を隠すと書いてあった。ハーンの身隠しより強く、そして、魔力の流れを変えたりせずに姿を隠せる。

 でも身を隠すだけなのでぶつかったら気付かれてしまう。だから鉄平は人にぶつからないよう、注意して屋敷に急いだ。


「何故だ!」

 総督府の手前まで来た、その時に怒鳴り声が聞こえ、鉄平は自分の正体がバレたのかと足を止める。

 いや、鉄平に怒鳴ったんじゃない。

 つやのない黒い髪の魔族……確かゴモンの街の総督で……ドメリアって言うダークエルフが、鉄平に背を向けて怒鳴り散らしている。

「何故貴様が魔王様の祝福を受ける! 俺は最敬意の礼を示したのに、魔王様は御手すら差し伸べてくれなかった! なのに、何でお前が! 何でお前だけが魔王様に触れていただけるという栄光を賜っているんだ!」

 ドメリアが八つ当たりをしているのは、鉄仮面の上にカラスの羽を飾っている……間違いない、鉄平がさっき祝福した騎士団長だ。

 でも、ケルベロスはドメリアを祝福しろって言わなかった。つまり、それで問題はないと思って騎士団長だけに触ったのだけど。

 ドメリア総督はそれがお気に召さなかったようだ。

「暗黒騎士団を名乗っているとはいえ、貴様らは本来光の女神に仕えていた! 我々の天敵だった! なのに、街を差し出しただけで、どうして貴様が、貴様だけが祝福を! コボルトのような分際で!」

 がん! と音がする。ドメリアが騎士団長の鎧を蹴飛ばした音だ。

 頑丈な金属を全力で蹴ったドメリアは、しばらく蹴飛ばした足を押さえていたが、口汚い文句をまきちらしながら足を引きずって屋敷の中に入って行った。

 騎士団長はドメリアが見えなくなるまで深々と礼をしていたが、ばん! とドアが閉まる音がしたのを確認して頭をあげた。

「……バッカみたい」

 その言葉が、鉄平の心を揺さぶった。

 バッカみたい。

 よく聞いた言葉。

 そして、その声は、高い。

 鉄平はマントを消して、かつん、と足音を鳴らした。

 騎士団長が振り向く。

 立ち上がって、鉄平に向かって歩いてくる。

「この街では見ない顔だな」

 やはり、男にしてはキーの高い声。

「今日来たばかり」

「魔王様のしもべか?」

 鉄平は首を横に振る。嘘じゃない。

 エファーラは剣を抜いた。鉄平の喉元に突き付ける、

「ならばここは貴様の来るような場所ではない!」

「ぼくは大事な用があってここまで来たんです」

 鉄仮面の奥から視線がぶつかってくる。嘘を見抜く目だ。だから嘘はつかない。

「……先程の話、聞いていたか?」

 今度はこくりと頷いた。

「……今聞いたことは、何者にも黙っていろ」

 鉄平は首を大きく縦に振った。

「よし、それでいい」

「あなたは……?」

 騎士団長は頭の鎧に手をかけた。顔をすっぽり覆う兜を外す。

 その下から出てきた顔に驚いた。

 クラス委員長、江原洋子によく似た……ううん、洋子をそのまま大人にしたような顔をした、女性、だった。

「私はゴモン暗黒騎士団長のエファーラ。幼い旅人よ、名は?」

 いきなりの知り合いのそっくりさん登場にぽかんと口を開けた鉄平は、エファーラの不審そうな顔に慌てて返事した。

「鉄平」

「不思議な響きの名前だな。ではテッペー、ここに何をしに来た?」

「ぼくは……犬を探しに来たんです」

「犬。クエスト、探求の旅人か。珍しい探し物もあったものだが、そのためにゴモンまで来るのは大変だったろう」

 エファーラはちょっと笑った。笑うと驚くほど洋子とそっくりになる。

「どんな犬だ?」

「大きさはこれくらいで……子犬なんです。赤茶色で、目の上に白い丸があって、お腹と、あと足の先も白いんです」

「知らん」

 エファーラは少し考えた後、冷たく言い切る。

「そんな小さな犬など、見たこともない。見ていたら覚えている」

「いえ、いいんです。ぼく、しばらくこの街の辺りを探すつもりなんで、その間に見かけたら教えて欲しいんです」

「しばらく?」

 エファーラは目を丸くした。

「それはどのくらいだ」

「最大で、一ヶ月、かな?」

「如何に探求の旅とは言え、魔王下にある街に一ヶ月も留まるなど自殺行為だ。ドメリア総督は身元のはっきりしない者はお気に召さない」

「だいじょうぶ、こっそりやるから」

「それでもお勧めできない。幼い旅人、探求の旅を達成しようと思うなら、この街に留まってはいけない。この街は、ドメリア総督のお気持ち一つで何人もの首が飛ぶ街だから」

 変だな。

 鉄平は内心首をひねった。

 暗黒騎士団とまで呼ばれる一軍の団長が女性であるということではない。

 問題は、魔王に忠誠を誓った騎士が、ここまで人間(の振りをしている自分)に親切にしてくれることだ。

「エファーラさん」

「ん?」

「エファーラさんはぼくを突き出さないんですか?」

 エファーラの顔が微妙に赤くなる。

「ぼくがあやしい旅人なら、捕まえてあの総督に突き出せばいいじゃないですか。それでもお手柄になるんですよね」

「…………」

「なのに、エファーラさんはぼくの素性を知って、この街を出るように勧めてくれた。……どうして?」

「貴様が嘘をついていないと判断した。だからだ」

 エファーラの表情は、今度は少し青くなる。

「嘘をついていてもいなくても、ぼくの未来はあなたが握っているのと同じなのに」

 露骨に青くなった顔で、エファーラはどんよりとした曇り空を見上げている。

「……仮にも騎士たる者がクエストの旅をする者の邪魔は出来ない」

「暗黒騎士なのに?」

 一瞬、エファーラは燃えるような眼で鉄平を見た。

 もうずっと昔のような気がするけど、向こう側で鉄平を睨んだ洋子と同じ視線だ。

 鉄平も敵意のない目でエファーラを見返す。

 二人はしばらく互いを見ていたが、エファーラが先に視線をそらした。

「……貴様のような子供に何が分かる」

 エファーラは吐き捨てるように呟いた。

 そうして、兜をかぶり直した。

「私も、私の配下も、クエストの旅人を突き出すような真似はしない。それが、我々に残された最後の誇りだ」

 黒いマントを翻し、エファーラは鉄平に背を向ける。

「暗黒騎士団だけでなく、この街の人間はよそ者に厳しい。犬を探すなら、せいぜい目立たないようにするんだな」

 そのまま、屋敷に向かう。

 鉄平は呼び戻す言葉もなく、黙ってその後ろ姿を見ていた。


「おかしいですねえ」

 色を背景色に変えたままのハーンが、エファーラがいなくなったのを確認して呟いた。

「おかしいと、思う?」

「思いますとも、ええ」

 鉄平はまず屋敷の敷地を出て、物陰に入り込んだ。

 マントで更に身を隠す。

「ゴモン暗黒騎士団は、光の女神を捨てた守護騎士団です」

「うん、それは知ってる」

「魔族の騎士団も、誇り高いですが、テッペー様……いや魔王に逆らう者や、何か企んでいる者には、容赦しません」

 ハーンは考え込むように言葉を続ける。

「なのに、あの騎士団長は怪しいテッペー様を追い出そうとした……ううん違うな、街に留まるなと忠告してくれた」

「魔王に従う騎士なら、魔王の邪魔をするような奴は捕まえるよね」

 ハーンは一つ頷く。

「でも、あの騎士団長はそうしなかった。女の人だったから、子供には優しかったのかな」

 ハーンは小さく首を傾げる。

「本来、光の女神の騎士団は二種類に分かれるんです。旅を続け、魔物を狩る征伐騎士団と、神殿や街人、伝承を守る守護騎士団。そして守護騎士団は女神に直接仕えるため、女だけで結成されてるんです」

 鉄平の脳裏に黒い鎧で全身を包んだ暗黒騎士団を思い出す。

「ゴモンの騎士団は、全員、女の人?」

「はい、そうです。守護騎士は全員女ですから、ゴモン暗黒騎士団もやはりそうでしょう。それで甘く見られないために守護騎士は白いフルプレートアーマーをまとい、神殿や街、聖地を守護しているんです」

「じゃあ、何でエファーラさんたちは暗黒騎士団に……?」

「調べてみますか?」

 鉄平は目を丸くしてハーンを見た。

「おいらはマネイロトカゲですから、こっそり忍び込むのはお手の物です。そしておいらはテッペー様の使い魔だから、おいらの見たものはテッペー様にも見えるし、聞いたものも聞こえます。……でも」

 ハーンは小声で聞いた。

「……マロ様はいいんですか?」

「よくはない。よくはないけど」

 鉄平はしばらく考えてから口を開いた。

「何となくだけど、思うんだ。これを見捨てたら、マロが見つからないって気がする」

「ふ~む」

 ハーンはしばらく考え込んだ。

「おいらがあの屋敷に入ってみましょう。、マロ様探しは魔の者にしか伝えられていないはずですから、もしかしたらあの総督が見たかもしれないし、騎士団の様子を伺うこともできる」

「できる?」

「任せといてください」

 ハーンは背景を映したまま、鉄平の肩から降りて、屋敷に向かう。

 鉄平はマントを羽織ったまま、できるだけ人通りの少ない道を通って一旦街の外に出た。

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