第2章 裏切りの街ゴモンの暗黒騎士団 3
「これは?」
「魔王の仮面」
受け取ったそれは、前に校外実習で「能」を見に行った時に、舞台の人がつけていた仮面に似ていた。
ただ、この仮面は、まるで凍り付くように冷たい表情をしている。感情などないような。
「これを、どうしろって言うの?」
「魔王として外に出る際には、それを身につけていただきます」
「なんで?」
「では逆にお聞きしますが、魔王様、貴方様の外見は、魔王に相応しいと思いますか?」
鉄平は考えた。
確かに。子供だし背も低いし顔も弱っちいし筋肉もないし。
魔王の力は基本的に魔力で、それはそこそこ自信がついてきた。けど、魔法も見せずにこのズルズル衣装と装備で歩いていたら、それこそハロウィンの仮装にしか見えないだろう。
「これをつけると、どうなるの?」
仮面からあまり魔力は感じない。確かに感じるけど、魔力というならマントとか王笏とかの方がずっとずっとずーっと強い魔力を持っている。
「六代前の魔王様が、己の弱い姿を隠すために作り上げた仮面です。幻惑の魔法を込めただけのものですが、お役に立つかと」
鉄平は仮面をつけた。
……何も変わらない。
「すごいです、魔王様!」
ハーンのひっくり返った声に、鉄平は首をひねる。
「……何かあった?」
「ありましたとも! ああ、御自分では見えないのですね?」
ハーンは鉄平の肩からぴょんと飛び降り、たたたたたっと広間を出ると、少しして長い舌に大きなものを巻き付けて、引きずらないよう持ち上げて持ってきた。
「こちらを!」
肩に飛び乗ったハーンが示した、ぴかぴか光った、よく映る鏡。
それを見て、鉄平は目を見開いた。
仮面をかぶった自分。
それは確かに違う自分に見えた。
身長も大人の人より高いし、弱っちい顔は氷の仮面で隠れ、それが逆に不気味に感じられる。何だか不釣り合いだったマントや王笏もその体格に相応しい大きさに変わっている。肩に乗るハーンも不気味なトカゲに変わっていて、いかにも「魔王」だった。
「これ、ぼく?」
「はい!」
「何がどうして……」
「如何なる外見であろうとも、それをつけた者が『魔王らしい』姿に見えるようになっております。六代前の魔王様は自分の顔立ちが魔王に相応しくないと、覚えたての魔法でこの仮面を作り上げました」
「へえ……」
呟いて、気付く。
「声は変わらないんだね」
「ですから、黙っていていただきます」
ケルベロスの言葉に鉄平は頷く。
「ゴモンの街に行くならば、ゴモン暗黒騎士団にお会いになっていただきたい。ゴモン占拠に大いに役立った者たちです。魔の者の為に働く者ならば、魔王様の祝福に相応しい者であるでしょう」
「でも、ぼくはマロを」
「魔王様の役目を果たさなければどうなるか、お忘れですか?」
その言葉に、ゼニばあの家の『役割の書』を思い出した。
「……祝福するだけだよね」
「はい。それが終わったら、存分にお探しください。ただ、この世界で一ヶ月後には一度帰らなければならないことをお忘れなく」
「うん」
鉄平は一度仮面を外す。
鏡には、いつもの仮装しているような自分が映っている。何処かで見たことがあるなと思ったが、この間お母さんと一緒に行ったスーパーでハロウィンの仮装をした店員がいて、その店員に似た服なんだ、と気付く。
ハロウィンまであと六日。
魔王の役目を果たせば、自由にしてくれるとケルベロスは言った。
なら、きっちり仕事をして、そしてマロを探そう。
ゴモンの街がどんなところかは知らないけど、一ヶ月あれば探し尽くせる。
鉄平は、鏡に映る自分に向かって頷いた。
鏡の向こうの自分も、頷いていた。
◇ ◇ ◇ ◇
一週間後。
「魔王が来るって?」
その噂は、野火のようにゴモン中を駆け巡った。
魔王城に黒い雷が落ちたと聞いてから、数ヶ月が経つ。魔王が本格的に動き出してもおかしくはないけれど、まさか既に統治下にあるゴモンに来るなんて。
「ああ。門番の魔物がそう言ってた」
「間違いないのか?」
「間違いない。騎士団が準備しているって聞いた」
「ゴモンを滅ぼすつもりか?」
「終わりよ! 今度こそ終わりだわ!」
「騎士団に裏切られた時は最期だと思ったが、これが本当の最期か……」
ゴモンの人間奴隷は天を仰ぎ、ひっそりと光の女神への祈りの言葉を呟いた。
かつて領主が住んでいた屋敷、今は魔王軍総督の在所にしてゴモン暗黒騎士団の詰め所も、慌ただしくなっていた。
「本当に、魔王様がいらっしゃるのですね」
「如何にも、エファーラ騎士団長」
ゴモンの街の総督である上級魔族、ダークエルフのドメリアが、漆黒の鎧の騎士に書を渡して頷く。
「降臨した魔王様が、初めてお見えになるのがこのゴモンだ。それも、暗黒騎士団がその名に相応しい働きをして、そして私の配下としてこのゴモンを統治しているからだ。その為に、魔族以外では初めて魔王様にお目にかかれるという栄誉を与えられたのだ」
「……ありがたき、お言葉」
顔まで隠すフルプレートアーマーををつけたまま、エファーラは深々と頭を下げる。
「騎士団全員、誇りに思っております」
「うむ。いらっしゃるのは明後日。それまでに、鎧を存分に磨いておくことだ」
ドメリアは笑いながら去っていく。
エファーラは鉄仮面の奥からその後ろ姿を見ていた。
街人たちが噂が間違いなく真実と知ったのは、翌朝。
魔王が来るから、街の通路という通路を掃き清めろという命令が総督から下ったのだ。
エファーラ達暗黒騎士団も、馬の手入れをして、鎧を磨き、そして街を回って綺麗になっていないところを綺麗にさせた。
エファーラ自身も、自分の声が尖っているのが分かる。緊張しているのだ。
まかり間違っても、問題を起こすわけにはいかない。
そうしたら、今までの苦労が水の泡だ。
魔王。
光の女神の対極に位置しながら、異世界から降臨してココッロを闇で染めようとする存在。
一体どんな存在なのだろうとエファーラは想像を巡らせようとして、苦笑した。
バッカみたい。
明日、嫌でも会うというのに。
翌朝、全ての街人は通路の端で土下座をしていた。
街の奥、総督府につくまで、ずらりと並ぶ。
そして、そのわきに、黒い馬に乗った暗黒騎士団がずらりと並び、総督府の入り口前で、総督ドメリアとエファーラが胸に手を当てた姿勢のまま待つ。
やがて、西の果てから砂煙が見えてきた。
ざん、ざん、ざん、ざん。
ケンタウロスの騎士たちが周りを固める。
ざん、ざん、ざん、ざん。
魔王軍の旗印を持ったオーガーたちが大地を踏みしめる。
ざん、ざん、ざん、ざん。
輿を担いだゴブリンたちが足音を揃えて歩く。
ざん、ざん、ざん、ざん。
集団の真ん中、御輿に座っているのが魔王だろう、とエファーラは見当をつける。
その隣にケルベロスがいるのだから間違いない。
仮面をかぶった男……魔王は王笏を持ち、深紅の鎧を着て、腰に剣を吊るし、闇色のマントを羽織り、傍らに黒銀の盾を置いている。伝説に伝わる通りの姿。そしてより恐ろしいのは、首に巻いている禍々しいトカゲ。
エファーラはピリピリする空気の中、総督ドメリアと共に膝をついて魔王を迎えた。
「総督ドメリア」
エファーラはその声が魔王だと思ったが、違った。それは魔王の隣にいるケルベロスの声だ。
ドメリアは頭を地につけ、その言葉を聞いている。
「ゴモンを良く統治していることを魔王様はお喜びだ。お前たち一族の誇りともなるだろう」
「ありがとう……ございます……」
ドメリアはにじにじと魔王のそばにより、その長いローブの裾に口付けた。
「魔王様……永遠の、忠誠を」
「そして暗黒騎士団」
エファーラはその声を受けて、可能な限り深く頭を下げた。
「汚らわしい光を捨て、闇に属したこと、魔王様は非常に喜んでおられる。その褒美に、魔王様御自らお前に祝福を与えられる」
エファーラは深く深く頭を下げた。
唾を吐きたくなるのを我慢するのは大変だった。
背後から突き刺さる視線。
誰のせいで、こんな目に。
だが、顔まで隠す鎧のおかげでその表情は出ない。
エファーラは頭を下げたまま、膝で歩いて、魔王の前まで出た。
魔王は、右手の王笏をケルベロスに預けると、その手でエファーラの鉄仮面に触れた。
叫び出したかった。
だけど、堪えた。
ここで堪えないと全てが水の泡。
魔王はコツコツと鉄仮面を指先で叩くと、そっと手を離した。
「魔王様、ばんざーい!」
「ココッロを闇に!」
「全てを闇に!」
魔王軍の歓声が響き渡る。
儀礼は、それだけだった。
それだけの為に、どれだけ時間をかけたのか。
バッカみたい。
エファーラは言葉を飲み込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「あれでよかったの?」
魔王軍の天幕の中で、鉄平はケルベロスに聞く。
「はい、十分でございます。これで人間どもは魔王様の降臨を思い知らされ、支配下にある人間は逆らおうとは思わなくなるでしょう」
「祝福って言うからもっとすごい儀式だって思ってた」
「魔王様が触れることが、闇の祝福です。ですから、魔王としての役割を果たしている時はむやみやたらと相手に触れないように」
そう言えばハーンをかんぬきから外そうとして触ってた時、その度にハーンは「ありがたき幸せ」とか言ってたっけ。
仮面を外して鉄平は再び聞く。
「これで、ぼくが探しに行っても問題はないよね」
「ありません。が」
まだ何か? と言おうとして鉄平はケルベロスを見上げる。
「が?」
「その服は直さないとまずいでしょうな」
ずるずるの魔王のローブだ。
「適当な人間の服に着替えてください」
「ぼく、服、持ってない」
「何のための魔法ですか」
「あ」
そう言えば、魔法の本の中に、自分の姿を変える魔法の初歩に自分の服を変える魔法があった。
遠見の魔法でゴモンを映し出し、同年代の子供たちが着ている服を見て、自分に魔法をかける。
ハーンが持ってきてくれた鏡には、どう見ても子供の旅人Aにしか見えない自分が写っていた。
「王笏とかは?」
「魔王の証は魔王様が望めばすぐにでもお手元に」
「我を守りし魔王の証よ、悪魔の王笏よ。我は汝を使う。我の下に現れよ」
唱えると、手の中に重みが現れた。
まちがいなく、王笏だ、
「ゴモンの街は魔王様が間接的に治める魔王様の街。ですが、人間も数多くいます。魔王としての力を見せつけるならばそれでも構いませんが、犬探しの時は重々人間にお気を付け下さいませ。せっかく無傷で手に入れた街を落とされたくはありませんから」
「うん、わかった」
鉄平は簡易玉座から飛び降りた。
「ケルベロスは帰るんでしょう?」
「もちろんです。魔王城を長く開けておくわけにはいきません」
「かんぬきは……ダメだよ」
「承知しております」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます