第2章 裏切りの街ゴモンの暗黒騎士団 5

(テッペー様)

 頭の中に、ハーンの声が聞こえる。

(屋敷に侵入しました。どちらから見ましょう。総督と騎士団と)

(騎士団っていっぱい人がいるんだよね)

 鉄平は決めた。

(まずはばれる可能性の低い総督だ)

(はいっ!)

 目を閉じている鉄平の視界に、豪華な屋敷の内部が映った。

 視界は豪奢な廊下の天井近く。前進しているのが分かる。

 遠見の魔法で総督や暗黒騎士団を見る、というのは難しい。遠見の魔法は自分と近しいものしか映らないのだ。勇者三人組とか魔王城とか。

 だから、視界が意のままに移動する移動視の魔法を使った方がいいのだけど、魔の力の流れが動くので、総督に気付かれる可能性がある。気付かれたらあの八つ当たりダークエルフがどうするか分からない。ハーンの目を借りる方が安全だ。

 頭の中に映る映像を見て、屋敷の中を伺う。

 あちこちで明かりの炎がぱちぱちと言って、魔王軍の旗印が立っている。

 ドアの隙間からハーンが入り込んだ部屋の中に、ドメリア総督がいた。

 ハーンは天井に吸い付いて、ドメリアを見下ろす。

 本来この街の街長のものだったのだろう立派な机の前を、いらいらと行ったり来たりしている。

「総督、お気を沈めてください」

 恐らく彼の配下だろう豚の顔をした魔物……オークが恐る恐る言う。

「これが落ち着いていられようか!」

 ドメリアは黒い髪を振り乱して叫んだ。

「私は魔王様の為にこれまで力を尽くして街を統治してきた! 人間を押さえつけ、魔物の為に働く意識を教え込んだのもこの私! なのに、魔王様はその御手を差し出してすらくれなんだ! あの寝返り女の鎧には触れて祝福をなさったのに! 理不尽だ! 理不尽だ!」

 理不尽理不尽と繰り返しながら歩き回るドメリアに、配下のオークは恐れながら、と声をかけた。

「魔王様の探し物を見つければ、祝福どころか魔王直属にもなれるでしょう」

「探し物?」

「お忘れですか。魔王様は小さな小さな犬をお求めだと。そうして手下のゴブリンが数日前そのような犬を見かけたと。報告なさったのはドメリア様でしょう」

「そうだ……そうだった」

「ケルベロス様はその報告をした時こうおっしゃっていましたよね。傷一つつけることなく魔王城に連れて行けば、どの魔族よりも素晴らしい功績を立てたことになる」

「そうだった、そうだった!」

 ドメリアは手を打った。

「そうだ、そんなに小さい犬の足では、いまだゴモン周辺から出ていないと考えられる。犬を見つけて魔王様に献上すれば、私は……」

「そう、そうです!」

「よし、よく言ったオロッホ。とすれば、魔物魔族に通達を出し、街や周辺に犬がいないかを探させるのが妙手」

「騎士団はどうしましょう」

「知らせるな!」

 ドメリアはさっきまでの御機嫌から一変、不機嫌になった。

「これ以上あの女どもに手柄をたてられては、魔王様に申し訳が立たぬわ」


(短気ですなあ、あの総督は)

(ぼくが触っていたらあそこまで不機嫌にはならなかったかな)

(それはテッペー様が気になさることではありませんよ)

 ハーンは鉄平の不安に気付いて意識の声をかけた。

(ケルベロス様はテッペー様の第一の配下です。そのケルベロス様が総督に祝福を与える様に言わなかったのは、多分……あの短気かなあ。ドメリア総督は結構有名人でしてね。相当な短気で腹が立つと格下の魔物どころか格上の魔族にすら当たり散らすと)

 確かに、あのオロッホというオークに怒りをぶちまけていた。

(エファーラ騎士団長も言ってたでしょ。総督の気分次第で何人もの人間の首が並ぶと。それでケルベロス様の御怒りを買ってるんじゃないかな)

(え? 魔の者って、人間は皆殺し、とかじゃないの?)

(では聞きますが、人間がいなくなった後、誰が魔物や魔族の面倒を見ますか?)

 鉄平は悩んだ。答えは出てこない。

(人間は、そうですねえ、難しい言い方をすれば、労働力なんですよ。我々魔の者は、基本的に何かを作り出すというのが苦手なんです。何でも壊しちまう。人間だって殺しちまう。でもそうして人間が一人もいなくなっちまったら、魔の者が使う武器や道具、食料は誰がこしらえるんです? 人間は皆殺しにしちゃいかんのですよ。そりゃあ逆らう人間を罰することは必要ですけど、皆殺しにすると自分の首を絞めちまうんですよねえ。……テッペー様が皆殺しにしろと命じればそうなるでしょうけど、そんなこと、言わないでしょう?)

(当然だよ)

(なら、総督を祝福しなかったのは正しいですよ。むやみやたらと殺すだけが戦いじゃないんですからね。ゴモンの街を、被害少なく落としたのは暗黒騎士団のお手柄なんですから)

 ハーンに、騎士団の方に行きますか? と問われ、鉄平はうん、と返事をする。

 ハーンは天井を移動し、騎士団の詰め所になっているところに向かった。


 ハーンを通して微かに感じたのは、甘く立ち上る匂い。

 何だろう、と思って、視覚に神経を集中する。

 そして、慌てて視覚を切る。

 そこにいたのは、下着の女性たちばかりだったからだ。

(どうしました、テッペー様)

 ハーンが不思議そうに問いかける。ハーンにとって、人間の女性の下着姿はどうってことないだろうけど、十歳の少年には刺激が強すぎた。

(な、なんでも、ないよ)

(そうは思えませんがねえ)

 ぼそぼそと小さな声がする。

 女性たちが声を潜めて喋っている。

(聞こえにくいな。もう少し接近しますね)

(気、気を付けてね)

 ハーンはゆっくりと歩いて、テーブルの裏側に吸い付いた。

 視界は暗くなり、女性のあらわな姿も見えなくなって、やっと鉄平は落ち着いた。

 そして、声に意識を集中する。

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