第2章 裏切りの街ゴモンの暗黒騎士団 6

「団長、私もう嫌です」

 女性の声。団長、というには、エファーラのことだろう。騎士団で間違いなさそうだ。

「今更何を」

「道を通るたびに、街人の憎悪の視線を浴びるのも、土下座させられる人を見るのも、あのダークエルフに逆らって首をさらされた者の家族の目も、もう嫌なんです」

 しゃくりあげるような女性の声。

「仕方ないでしょう。私たちはゴモン暗黒騎士団。裏切りの騎士団なのだから」

「確かにあの時は、それが一番の方法だと思いました。いいえ、今でもそう確信しています。でも、私はそこで死んでおけばよかった。そうすれば、こんな気持ちにならずに済んだ……!」

「しっ」

 エファーラの声が団員の涙声を止める。

「私たちは女神の祝福を裏切った者。この黒く染まった鎧がその証。白くなることもなく、光の祝福は与えられない」

 エファーラの暗い声。

「あの時は街の民を救うのに最善と思ったから。そして今でもあれしか道はなかったと私は思っている」

「私たちもそうです、でも、でも!」

「私は闇の祝福を与えられた」

 エファーラの声は今度はひきつったように聞こえた。

「もう光へは戻れない。光の女神の赦しを頂くことはない」

「う……」

 すすり泣く声。

「泣かないで。こうなったからには、最後まで演じ切るしかないの。勇者が現れるその時まで、裏切りの暗黒騎士として」

(…………?)

 演じ切る?

 つまり、彼女たちは心の底から魔の者に従っているわけではないのだ。

 民を救うのに最善。それが魔の者に寝返った理由なら……。

(ハーン、一度戻って来て)

(かしこまりまして)

 ハーンは素早く部屋を抜け出し、鉄平は物陰でハーンが戻ってくるのを待っていた。


「おかしなことを言ってましたね」

 ハーンも開口一番、こう言った。

「騎士団は嫌々魔の者に従っているとしか思えませんでした」

「うん、ぼくも」

 ゴモンの外れ、切り株に腰かけて、『呼び寄せ』たパンを食べながら、鉄平は考える。

 ゴモンは森に覆われていて、ほとんどの葉が色づいている。季節的にはあちらと同じなのだろう、秋だ。

 葉がひらりと舞う中、今度は水を一口飲んで鉄平は考える。

 守護騎士団は、勇者が現れるその時まで魔の者と戦うのが宿命と聞いた。

 そして、魔王である自分が来る前、勇者はいたけど、魔の者はケルベロスが率いていたはず。

 ケルベロスが人間を皆殺しにしようとしたんだろうか?

 ううん、多分違う。

 ハーンは、人間は労働力と言っていた。

 そりゃあ知性の低い魔物は人間を襲うだろうし、ケルベロスは同じ魔の者でも食っていた。魔の者の中には人間を食事とする者も多いという。

 でも、人間が死に絶えたら、人間を食事とする者はどうなる?

 共食いするか、飢えて死ぬか。

 それはあり得ない。

 あのケルベロスが、自分より賢くて強いケルベロスが、仲間内での争いを放っておくだろうか。

 そこで、ケルベロスとの会話を思い出した。


『せっかく無傷で手に入れた街を落とされたくはありませんから』


「ハーン!」

「はっはいっ」

 いきなりの大声に、ハーンは飛び上がった。

「ゴモンはどうやって魔の者に負けたのか、分かる?」

「……おいらのような低級の魔族に分かるようなことじゃありません。申し訳ない」

「じゃあ、誰なら知ってる?」

「ゴモン攻略に命じられたドメリア総督か……あるいはケルベロス様か」

 鉄平はう~んと考える。

「どうなすったんです?」

「ケルベロスは、ゴモンを無傷で手に入れたって言ってた」

「は、はあ……」

「つまり、ゴモンで戦いはなかった……あったとしても民に被害が及ぶようなことはなかったんだ」

 ふと、向こう側のことを思い出した。

 エファーラにそっくりな彼女。洋子。

 やっぱり、エファーラと洋子は似ていると思ったのだ。

 三人組は絶対に洋子に手は出さない。

 女の子だから、じゃない。

 洋子はヤクザの娘だという噂があるからだ。

 家は道場を開いていて、そこで剣道を教えているのだが、父親が、これがまたこわい顔をしていて、鉄平も一度見たけど、あっちが気付かないうちに逃げ出したことがあった。三人組がヤクザだヤクザだと言っているだけなので本当かどうかわからないけど、ヤクザと言われても納得する顔と迫力だった。そんな父親と剣道をしていた洋子は、正直、かなり、強かった。

 だけど、洋子はそんなことを口に出したことはない。

 お父さんに言うから、と一言いえば三人組も引っ込むだろうに、それだけは絶対に口にしない。

 彼女も剣道をしていて、例え三人組と殴り合いになっても一方的にやられることはないだろうが、洋子は絶対に手は出さない。

 手を出せば収まるのに、そうすると大事になることが分かっているから、手は出さない。

 そんなところが、やけに似ていると思ったのだ。

「……つまり?」

 しばらくよそ事を考えて黙っていたところをハーンに話を促され、鉄平は慌てて自分が喋っていたことを必死で思い出して、そこから推論を言った。

「騎士団の人たちは、人質を取られたか、騙されたかして、無理やり闇の勢力に入れられたんだ……」

 ハーンもう~んと考える。

「確かに。女神の守護騎士団と言えば、人間と神殿を守る為にいると言いますからねえ。そんな騎士団が戦いもしないうちから闇に寝返るなんてありえないと、おいらも思います。特にあの団長。あの人は多分すごく賢い。融通は利かないみたいですけど。そんな団長が裏切ったのは、相当な理由があるんでしょうな」

「多分、罠だ」

 鉄平はパンくずのついた指を舐めて呟いた。

「ドメリア総督がハーンの言ったような奴だったら。そしてケルベロスが無傷でゴモンを手に入れたことを喜んでいるんだったら、総督が気紛れで人間の首をはねることを許すはずがないだろ? 人間の犠牲が少なかったのに、無闇に人間が減るのは、ケルベロスの……そしてぼくの望むことじゃない」

「……確かに」

「そんな総督が街を支配しているってことは、多分、暗黒騎士団を闇に引き入れたって手柄があるからなんだ。女神の守護騎士団が闇に寝返ったって聞いたら、人間は絶望するだろうしゴモンの街の人だって逆らおうとは思わない。勇者がやってくるまでは……」

「そうか! それで団長は、演じ切るしかないと言ってたわけですね! 勇者が来て街を救うその時まで……」

 感心したように頷いたハーンは、そこまで来て、あれ? と首を傾げた。

「そんなことをテッペー様が知ってどうなさるおつもりで?」

 考えてなかった。

 ただ、あの短い間話したエファーラの目が。

 あまりにも規律にとらわれ過ぎていて。

 クラス委員長として、親の力を借りず自分の力だけで何とか鉄平を三人組から引き離そうとやっきになっていた洋子と重なって。

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