第1章 消えたともだち、消えたかけら 7
◇ ◇ ◇ ◇
学校の教室で、三人は笑いながら話している。
「レベル、どれくらい上がったかな」
はじめの言葉に、太はニッと笑う。
「そうだな、十五、って、ところじゃ、ないか?」
「まだまだ魔王をたおすには足りないな」
光男は呟く。
「魔王をたおすのはどれくらいいると思う?」
はじめに聞かれ、光男は首を傾げた。
「大体のゲームじゃ勇者の最大レベルは九九だ。そこまで上げればよっぽどのへまをしない限り魔王をたおせる」
「目指せ、最強の、勇者!」
太が腕を突き上げ、はじめはニッと笑う。
教室にいるクラスメイトは、三人がゲームの話をしていると思っている。
そう思われるように三人がいっしょうけんめい言葉を選んでいるからだ。
学校ではいつもの三人組だけど、ココッロに行けば魔王をたおす役目を持った勇者。
こんな特別なことを、クラスメイトの誰も知らないすごいことを、教えてやる気にはなれない。
こっちの世界でのイライラや文句を、あっちの世界でぶつけられて、しかもそれがほめられて、さすが勇者様、と持ち上げられる。
こんないいことがあるか?
問題は一晩いないことをごまかさなければならないけど、はじめの家族は父親だけ、しかも単身赴任でなかなか帰ってこない。そんなはじめを太のおせっかいお母さんは心配して太をはじめの家に泊めたり、逆に家に泊まるように言ってきたりする。光男の母親はあまりそれを良く思っていないけど、やはり一人暮らしのはじめを心配して、五年生になったら勉強に本腰を入れることを条件に光男がしょっちゅうはじめの家に泊まるのを許可した。
しかし太も光男もはじめの父に会った事がない。仕事が忙しくて帰ってこないし、実は太と光男が来ることを許してもらっていないのだ。遊びに来るのはいいけど子供だけで夜を過ごすのはいけない、らしい。
だからはじめは太と光男の親にはお父さんがいいと言ってくれたといい、お父さんには一人で夜を過ごしているとココッロからスマホで答えている。お父さんは信じているかどうかわからないけど今まで怒られたことがないから気付いてはいないんだろう。
そうしてごまかした一晩で、三人は一ヶ月の冒険をしている。
必要なアイテムを探して知恵をしぼり、魔物をたおし、その報酬でお金を受け取る。どこの町や村に行っても勇者様、と呼ばれ、持ち上げられる。
こんな気分のいいことがあるだろうか。
知らない同級生が気の毒に思えるほど、自分たちはすばらしく楽しいことをしている。
「あーあ、男子って、ゲームばっか」
わざと聞こえるように大声を出したのは、クラスの委員長江原洋子だ。
「ほんと、バッカみたいよね」
「くだらなーい」
洋子の取り巻きの女子たちがどんどんうるさくなる。
「あー? なんだー?」
はじめも聞こえるように大声を出す。
「集まってギャーギャーいうしかない女って、うっさいよなー」
「おせっかいって言うんだよ、それは」
「へ、へー。なーんにも、知らないくせに」
太と光男も楽しそうに立ち上がって、一触即発の状況になった。
その時、ガラガラ、とドアを引く音がした。
「お、てっぺーだ」
太がドアの方を向いて、呟いた。
「また奥田くんいじめて楽しむ気でしょ」
「せんせーに言いつけるか?」
はじめはにやにやしながら女子に言った。
「大浦のせんせーに言いつけろよ。どーせそれしかできないんだろ、女子は」
光男のぴしゃりとした言葉に、洋子は一瞬口ごもり、それから金切り声で三人に文句を叩きつける。
女子たちも参加し、金切り声の合唱が響き渡る中、はじめたちは彼女たちを無視しておはようも言わずにだまって席についた鉄平を、さっそく取り囲んだ。
「よー、てっぺー。あの小さい犬、どーなった?」
「ゼニばあに、食われ、たんだろ」
「ほけんじょに突き出されたか?」
ニヤニヤと三人は、昨日(と言っても彼らの感覚で一か月前)犬の散歩中だった鉄平を追いかけ回したことを口にする。
「あーあ。根性のちっせーやつだから、犬もにげるんだ」
「体も、ちっせーし、な」
それまで俯いて机に教科書を入れていた鉄平が、ふいに顔をあげた。
「?」
ぞくり。
背筋を寒気が走る。
いつか、こんな感じになったことがある。
いつだった?
そうだ、あれは初めてココッロに行った時、魔物を目の前にした時だ。
今から思えばザコ敵だったけど、自分たちを本気で殺そうとする魔物の目に、そっくりなんだ。
ぞくぞくぞく。
背筋を次々にさむけが走る。
なんでだ?
鉄平がこっちを見ている。それだけなのに。
どうしてこうもさむけがするんだ?
女子たちの金切り声も聞こえなくなった。
いや、彼女たちも黙ってしまっていた。
鉄平の中の「何か」に当てられて。
しばらくして、鉄平が目をそらした。
三人はぞくぞくを覚えながら、鉄平から目を離さないようにしてゆっくりと後ずさりした。
ドアが閉まる音で、鉄平が目をそらしたのは大浦先生が来たからだと気付く。
いつの間にチャイムが鳴っていたんだろう。それに気付かなかったのはどうしてだろう。
三人はあわてて椅子に座る。
「きりーつ。れーい」
「おはよう」
四年三組担当の大浦勇先生が、情けない笑顔で挨拶する。
日直当番の号令で頭を下げる鉄平から、後ろの座席に座る三人は目を離せなかった。
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