第2章 裏切りの街ゴモンの暗黒騎士団 1

 何だろう。

 いつもからかってくる三人組が近寄ってこない。

 いつもだったら、鉄平が三人組にからかわれ、それを見た洋子をはじめとする女子集団が数を頼みにやってきて三人組と口げんかを始めて、クラス中大騒ぎになって、そして大浦先生が必死でまとめるって感じなんだけど。

 三人組が寄ってこないから、女子が鉄平に味方する理由がない。クラスが静かだから、大浦先生も落ち着いて授業ができる。

 気楽だ。

 人は、これをさびしいとかつまらないとか言うんだろうけど、それが一番幸せだ。

 自分を大好きと言ってくれるのは一匹でいい。いや、二匹か。カメレオンの大きさしかないけど喋れる魔族を一匹と数えていいものか分からないが、ハーンは黙って姿を消したまま鉄平の右肩に乗っている。

 これで、マロがいれば。

 思って鉄平は心の中だけで首を振った。マロは自分で見つけなきゃいけないんだ。

 ケルベロスは魔王城の外へ出ていいと言った。もちろん魔王としての役目は果たさなきゃいけないけど、その間にマロを探しに行くのは構わないと言ったから、ココッロ中を探し回る覚悟はある。

 こっちの世界で夜にならないとココッロへはいけない。でもゼニばあのぶつだんを通る必要はない。ケルベロスから渡された本に、こっちとあっちを簡単に行き来する方法があった。ケルベロスから受け取った黒い羽……『飛翔の羽』と呼ばれるアイテムを天にかざせば、一瞬の内にココッロに行って、戻れると書いてあった。

 お父さんお母さんには洗脳をかけておかなきゃいけないけど。

 夜は寝ているものと思わせて、お父さんお母さんが寝ている間にココッロに行って、帰ってくる。

 それが一番いい方法だと鉄平は判断していた。

 授業中も机の下で色々な印を組んで、魔法が発動するかどうか確認する。

 もちろん後ろの座席にはあの三人組がいるわけだけど、どうやら三人はこちらでは勇者の力を使いづらいらしい。魔力の流れを感じることもできていないようだ。

 最後の印を結んで、魔法を終わらせて顔をあげたら、自分が取り囲まれていることに気付いた。

 三人組じゃない。

 江原洋子を始めとする、女子の集団だった。

「奥田くん」

 声をかけられて顔を向けると、洋子がびくりと体を竦ませる。

 人間を無意識のうちにこわがらせる。これも魔王の能力なんだろうか。

「……何?」

「奥田くんから、あの三人が離れてるみたいだけど」

 ああ、確かに。

 はじめ、太、光男は近付いてこない。

「……たまにはそんな気分もあるんじゃないかな」

「ん……そうなんだろうけど」

「ぼくの心配はいらないよ。それより、女子と三人がケンカを始める方が心配だ」

「ケンカなんて」

「ぼくが教室に入ってくる前、言い合ってたろ?」

「聞こえてた?」

「うん。ぼくは別に構わないんだけど、三人のターゲットがそっちに移ったら今以上の大騒ぎになるよ。ぼくのことは気にしなくていいから、あの三人とケンカすることはないようにしてほしい」

「三人を、きちんと注意しないとダメでしょ!」

 クラス委員長は正論を怒鳴る。

「でも、それで口ケンカ始めちゃったら何の意味もない」

 鉄平は、ノートを机の引き出しに入れて、言った。

「悪いことを悪いって言っちゃダメなの? それとも、あの三人が怖くてガマンしてるの? それなら、私たちが」

「ぼくのことを気にする必要はないよ。ぼくは無視してくれて構わない」

「な……!」

「君はぼくを助けたいんじゃない。決まりを破ってる三人を叱る言い訳にぼくを使いたいんだ」

 洋子はしばらく口をパクパクさせていたけど、くるりと背を向けた。

「助けてあげるって言ってるのに断るなんて、バッカみたい!」

 洋子は取り巻きたちの所に戻っていく。

「バッカみたい、か」

 鉄平は呟いた。

「女子が口を出したら、こっちに損害が来るってこと、分かってないかなあ……」

 おくびょうな心のかけらがない分、三人組が怖いわけではないので、言えるセリフ。

 鉄平は壁の時計を目にやった。

 昼休みももうすぐ終わる。

 あと八時間もすれば、また、ココッロへ戻れるのだ。


 学校が終わってからも、三人組は近寄ってこなかった。

 ちょっと力を込めてにらむだけで、「ナマイキだ」「やる気か?」とも言われず、近寄って来なくなる。

 最初からこうやってにらんでおけばよかったんだろうか。

 いや、おくびょうな心のかけらがないから、そういうことができたんだ。

 普段だったら、囲まれるだけで心臓がドキドキして頭の中がスーッと消えて何も考えられなくなり、逃げるか隠れるかするしかなくなっているはずだから。

 鉄平は手早く教科書やノートをランドセルに突っ込んで、終礼が終わると同時に家路についた。

 一応、いつものマロとの散歩コースを歩く。もしかしたらマロが自力でこっち側へ戻ってきているかもしれないから、その確認に。

 でも、やっぱりいない。

「テッペー様?」

 右の耳に小さい声が聞こえて、鉄平は顔をあげた。

 他人には見えない自分のともだち。

「ハーン」

「テッペー様は何をお探しで?」

「マロを……」

「それは、テッペー様がココッロ中を探すように命令した子犬のことで?」

「知ってるの?」

「ケルベロス様が全部の魔物や魔族に、あの時そう通達しましたから」

 じゃあ、やっぱりケルベロスはちゃんと魔物たちに伝えてくれたんだ。

「魔物はココッロの全世界、闇や影に生きています。テッペー様の大事なマロ様を見つけたら、必ず報告されます」

「でも、もし戻ってきていたら……って、そう思うんだ」

「それはないです」

 ハーンはきっぱりと言い切った。

「テッペー様は魔王になるという契約を交わして、ココッロに来られたんでしょう?」

「え? うん」

「契約を交わして『扉』の管理人に認められた人間だけが、ココッロでその役割を果たし、自在に世界を行き来できる。それ以外の、例えば偶然開いていた『扉』に、契約を交わさずに飛び込んだ者には、痛みと苦しみと残酷な死が待つだけなんです。『扉』は一方通行。『扉』の管理人が認めた者以外には『飛翔の羽』は与えられません」

 じゃあ、やっぱり大急ぎで探すしかないんだ。……でも。

「……ハーン、よく知ってるね」

「おいらはテッペー様と血の契約を結びましたから」

 ハーンは多分、胸を張っているんだろう。声にはちょっと得意げな感じが混ざっていた。

「これは、本来テッペー様が知っていることなんです。テッペー様だけでなく、この世界から『扉』を通じて入ってきた者なら誰でも知っているんです」

「……でも、あっちからこっちに来た場合は? ハーンは大丈夫なの?」

「御心配頂けるんですね。慈悲深いテッペー様。はい、大丈夫なんです。ココッロとこの世界は『契約』によって成り立っています。色々な契約が複雑に絡み合って、おいらなんかじゃとても把握しきれないけど、ただ血の契約は、結んだ瞬間においらの頭に説明が入ってきました。これは、下の者が上の者の一部になるっていうものなんです。上の者が世界を渡って来た者でも有効で、おいらはテッペー様がいる限りこの世界にも存在できるんです。……あまりココッロを離れていると、こちらの世界の一部になっちまうって話ですけど」

「へえ……」

「でも、テッペー様はおいらの恩人で契約主ですから、おいら、どっちの世界をテッペー様が選ぼうともテッペー様についていきます! 絶対、絶対!」

「うん」

 鉄平は自分が笑っている、と感じた。

 マロといる時以外でこんな顔になれるのは初めてだ。ハーンはやっぱりともだちだ。二番目の、大事なともだち。

「ありがとう、ハーン」

 返事はなかったが、一見カメレオンの魔族はエッヘンと胸を張っていた。


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