第1章 消えたともだち、消えたかけら 4
ぎぎぃぃ、と扉が閉じ、一匹の猿に似た魔族が扉のかんぬきのように入れられた。
「開けられる……って」
「例えば」
ケルベロスはかんぬきになっている魔族の前に行く。
「ケ、ケルベロス様……お許しを」
猿の魔族はカタカタと震えている。
「魔王様の御力を目覚めさせるきっかけとなれるのだ、ありがたく思うがいい」
「ひ、いいい!」
鉄平はあわてて止めようとしたが、遅かった。
ケルベロスは、扉のかんぬきになった魔族を三つの頭で引きちぎったのだ。
血しぶきが飛び、ケルベロスの口の中に納まりきらなかった臓物が床にぼたり、と落ちる。
そして、扉はゆっくりと開いた。
「ケルベロス!」
「これしきの事で驚きますか?」
二つの頭が床に飛び散った臓物を食べ、床の血を舐めている中、一つの頭が鉄平を見た。
「魔王様は、人間を滅ぼすもの。最下級の手下一つの死でいちいち心をお痛めになっていては役割は果たせない。ましてや魔王城から出るなど」
魔物を食べ終わったケルベロスは、より一層生臭く感じた。
思わず身じろぎする鉄平に、ケルベロスの頭の一つが、古そうな本を押し付ける。
「勇者と違い魔王様は最初から闇の者。ですが、使い方を知らなければどんな強い力を持っていても意味がありません。この本を見て学んでください。そして力を使いこなし、冷酷さと残酷さを併せ持ち、力を使うことをためらわない魔王様としての一歩を踏み出すのです。最低でも、この『扉』の試験をクリアする魔王様でなければおそろしくて到底お外に出す気にはなりません」
「……マロを探しに行くには、この広間からあの扉を開けて出るしかないの」
「はい」
「……分かった」
鉄平は本を受け取る。
「では、何かございましたら、いつ何時なりともお呼びくださいませ」
ケルベロスは深々と三つの頭を下げると、階段を下りて扉の外にすぅっと消えた。
再び扉が閉ざされ、かんぬきに別の魔族がはめられる。
「ひ、いいい!」
カメレオンに似た魔族が悲鳴を上げた。
「お、おいらにこのお役目が回ってくるなんて!」
「お役目?」
鉄平は椅子から飛び降りて、黒くてズルズル長い服を引きずって扉まで走った。
「魔王様ばんざい! そして、お慈悲を! ひぃぃ!」
「落ち着いて! またケルベロスが来ちゃうから!」
その言葉に、カメレオンは口をパクパクさせていたが、声は出さなかった。
「お役目って、この扉のかんぬきになることが?」
カメレオンは目玉をぐりっぐりっと回して、頷いた。
「おいらのような低級の魔族のお役目で、一番立派で、誇らしく、名誉だって言われているお役目です……。魔王の間の扉をふさぐことが……」
「どうやったら君を助けてあげられる?」
ぐりぐりと動く目が、ぴたりと鉄平に向けられ、眼球から透明な液が流れ出した。……涙だ。
「おお、おいらみたいな低級な魔族にそんなことを言ってくださるなんて、なんと慈悲深い魔王様……。だけど、分かりません……。おいらたちは扉が閉じた時に勝手に選ばれて、扉が開くまで蹴られようと殴られようと耐え、開く時に命を落とす定め……」
「そんな……」
カメレオンの体を挟む金具に手をやり、こじ開けようとするが、びくりとも動かない。
「……ダメだ……今のぼくの力じゃ……」
「魔王様」
カメレオンは小声で言った。
「魔王様がおいらを助けようとしてくれただけで、十分です。慈悲深い魔王様……。所詮おいらたちは低級。奴隷として使われるのが運命なのですから……」
「あきらめないで! ぼくが開けようとするまでこの扉は開かないんだから、時間はある! 絶対に助けるから!」
鉄平は注意深く扉を調べた。
こういう場合、ゲームなら大体近くに開く方法が書いてあるはずだ。
ケルベロスも通れるような扉に不釣り合いなほど小さなかんぬきの辺りを触っていると、指にひっかかるものがあった。
そこを覗き込む。
文字だ!
金属の扉に直接彫り込まれたのか、ゼニばあの持っていた本と同じようなひっかいた文字。
見たこともない文字なのに、しっかりと意味は分かった。
小さな小さな魔の
小さな小さな命の
小さな小さな証を
ここに刻み込みし時
大きな大きな扉は
ようやく開かれる
口に出して読んで、鉄平は首をひねった。
『大きな大きな扉はようやく開かれる』と書いてあるからには、これは扉を開く方法なのだろう。
しかし、意味がちっとも分からない。
小さな魔物はカメレオンだろう。
だけど、命の証を刻み込む?
さっぱり分からない。
「魔王様、もう結構です、一思いに楽にしてくださいませ……」
「諦めないで」
鉄平は低い声で言った。
「ここで諦めたら」
鉄平は右手に持ったままだった本を開く。
同じひっかいたような文字。
「マロも見つからない気がするから」
鉄平は焦ってページをめくろうとする手を押さえながら、書いてある文字を読み取っていった。
◇ ◇ ◇ ◇
魔王城に黒い雷が落ちてから、一ヶ月。
三人の少年たちが、魔物と戦っていた。
「てぇりゃああっ!」
はじめが剣をふりまわす。
「ぎゃんっ!」
夜犬は悲鳴を上げて倒れ、すぅっと地面に溶けて消えていった。
「こんな、やつら、カンタン、だっ!」
太が頭の上からふりおろしたハンマーが、コボルトをたたきつぶす。
「闇の死者よ、光の内に溶けて消え去れ! ターンアンデッド!」
光男の魔法が、ゾンビを消滅させた。
「これでいないか?」
「いないよ。モンスターは全部たおした」
「へ、へー、弱い、弱、い」
太は息を切らせながら鼻の下をこすった。
「このちょーしなら、魔王もカンタンだな!」
「最初はどうなるかって思ったけどね」
光男が杖を回しながら言った。
「軽い武器しか持てなかったし、重いよろいは着れないし、魔法は火花が出るくらい。そんな僕らでモンスターをたおせるもんかと思ったけど」
「ゲームといっしょ」
はじめは楽しそうに言った。
「最初こそレベルが低いから大変だけど、弱いやつと戦えばレベルが上がる。レベルが上がれば強いやつと戦える。強いやつにあったら逃げて、弱いやつと戦えばいい。勇者は負けない!」
はじめが自信たっぷりに言ったのと同時に、道具袋から音楽が聞こえた。
「あ。今、モンスターいないよな」
「いない、し、いても、ここらの、だったら、ザコ、だから、だいじょーぶ、だよ」
はじめは袋の中からスマホを取り出した。
「やっぱジジイだ」
はじめの顔が一瞬さっとひきつり、すぐに無表情になる。
はじめは二人にだまっていろと合図をしてタップした。
「もしもし。何か用ですか?」
はじめはしらじらしい顔で話を続ける。
「はい。ぼくは家にいます。太くんと光男くんが遊びに来てましたけど、帰りました。はい、いつもと変わりません。はい。はい。じゃあ」
はじめはスマホを切るとまた道具袋にほうりこみ、そして、長い溜息をついた。
「ジジイ、バーカ」
そう呟いて、べーっと舌を出す。太と光男もほっとしたように笑った。
「はじめの、おかげだよ。勇者、できるのは」
太が憧れと心配のちょうど中間の目ではじめを見た。
「うっさい、お母さんは、いないし、お父さんは、仕事で、いない、し」
「そのおかげで僕たち夜の間勇者ができるんだもんな」
「へっへー。いいだろ」
はじめはニヤッと笑った。
「この世界でスマホが通じるとは思わなかったけど、これのおかげで、ジジイはオレが家にいるって思ってるし、太と光男の親は二人がオレん家とまってると思ってるから、もとの世界の夜の間だけ勇者やってられるんだもんなー」
「ちぇー」
「でも、もとの世界であと一年以内に魔王たおさないと」
光男がつまらなさそうに言う。
「僕の親、中学は私立に行けって言ってるから、来年から塾に行けって言われてる」
「いやならこの世界に残りゃいいんだよ」
はじめが、当たり前のような顔で言った。
「このまま帰らなきゃオレたちこの世界の勇者様。好きなことやってモンスターぶっ倒してやればいいんだよ」
「あ、そうか」
「いちいち元の世界に戻るのも面倒だしな」
太が保存食の干し肉をかじりながら呟く。
「おれん家、も、親が、やせろって、うるさくて、さー。食べないと、力、出ないって―の。太ってたって、勇者なんだから、かんけー、ねーだろ。なら、最初っから、太なんて、名前、つけんじゃ、ねーっての」
「だよねー。親なんていらないよね。僕の親もやれ勉強それ勉強……勉強なんかできなくったって勇者ができるなら問題ないだろって、何度言ってやろうと思ったか」
口々に親の文句を言う太と光男に、はじめは口をひきつったような笑いの形にして言った。
「もとの世界がつまんねーなら、こっちの世界にいりゃあいいんだ。勇者なら世界中から歓迎される、そう言われたろ?」
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