第1章 消えたともだち、消えたかけら 3
◇ ◇ ◇ ◇
ゆっくりと、意識が浮かんでくる。
(ああ、どうしたんだっけ、ぼく)
鉄平はぼんやりと思う。
(そうだ。……さんぽ中、あの三人組につかまって。逃げて、マロがゼニばあの家に逃げ込んで)
マロごと消えた、自分のかけら。
(かけらなんてどうでもいい)
鉄平はそう思う。
(マロが戻ってくれば、それで……)
マロ……マロ……。
マロ。
「マロ!」
鉄平は何より大事なものの名前を叫んで目を覚ました。
……どこだろう、ここは。
暗い中、自分は横になっているのではなく、椅子に座っていると気付いた。
……なんで、ここはこんなに暗いんだろう。
……なんで、自分はここにいるんだろう。
そうだ。マロは。
目を開くと、暗いのにまるで満月の下のように周りが見える。
自分の着ている服が変わっているのにまず驚いた。
深い深い紅の鎧の上からズルズルと長い服を着ている。腰から下げられた真っ黒い剣。手には大きなルビーみたいな宝石をてっぺんにつけた長い杖のようなもの。傍らには黒銀に染まる盾。肩から羽織っているのは闇色のマントだ。
いつの間に?
視線を下にやって、更におどろいた。
自分のななめ下に、人間じゃないものがいる。
それも、一匹や二匹じゃない。
大きい耳のあるもの、するどい牙を持つもの、体をつつみこむような羽をはやしたもの、どれも人間じゃない。
人間に近い姿を持っていても、腕が四本あったり尻尾があったりする。
人間じゃない生き物が、椅子に座っている自分の前の(鉄平は数段高い場所のやけに大きく、座り心地のいい椅子に座っていた)野球場のような広間に、ぎっしりと集まっている。
そうして、そのどれもが鉄平に向かって頭を下げ、ひれふしている。
その中に、鉄平はマロの姿を探した。
小さな小さな子犬の姿は何処にもない。
「魔王様」
それに気付いたのか、すぐ横から声がかかった。
「……ぼくのこと?」
「はい、まぎれもなく貴方様のことでございます」
横を見ると、犬がいた。
ただの犬じゃない。
鉄平の十倍は大きくて、吐く息は生ぐさい。大きな牙を持った頭が三つもある。ゆっくりと動く尻尾は、蛇になっていた。
そこにいたのはその犬しかいないので、鉄平は犬がしゃべったのだと思った。
「きみは……?」
「わたくしめはケルベロス。この魔王城の番犬にございます」
まちがいなくしゃべった。
「魔王様がもどって来られるのを、心待ちにしておりました」
「なんで、ぼくが魔王って?」
「黒い雷と共に現れ、魔の玉座に座るのは、魔王様のほかにはおりませぬ」
狂暴そうな見た目とは違って、礼儀正しい。
「魔物も、魔族も、黒い雷を見てこの魔王城につどったのです。あなたさまがよみがえったのを知って」
「でも、ぼくは、ここに、初めて来たんだよ?」
「魔王様は一つの形を持つものではございません」
ケルベロスはふんふん、と鉄平の匂いをかいで、うなずいた。
「黒い雷と共にきたるお方は魔王様。姿かたちがちがっても、別人であっても、魔の者、闇の世界の支配者であることにちがいはありません。そら、魔王の証も持っている」
「魔王の証?」
ケルベロスは三つの頭で示しながら説明してくれた。
「手に持つのは闇の力を操る『悪魔の王笏』、お腰のものは光の女神の守護を断つ『闇の魔剣』、羽織っているのはどんな場所でも身を隠せる『身隠しのマント』、装備しておられるのは歴代の勇者の血が塗られている『受血の鎧』、そして傍らにある全ての魔法を跳ね返す『反乱の盾』。それらを持ってこの世界に黒い雷と共にやって来た、間違いない、あなたさまこそが魔王様です」
そんなものなのかな、と鉄平は思う。
自分は初めてここに来たけど、前の魔王もゼニばあのぶつだんからやって来たのかもしれない。
魔王の役目を持って。
「では、魔王様、みなに、お言葉を」
鉄平はとまどった。
自分は魔王。ゼニばあは言ってたしケルベロスもそう言う。
でも、ここに集った、魔物や魔族……つまり、自分の手下?
そんなものたちに、なんて言えばいいんだろう。
困り果てた鉄平に、ケルベロスは言った。
「闇の、支配を、ココッロに」
「え?」
「闇の、支配を、ココッロに。そうおっしゃればよろしいかと」
「ココッロって?」
「この世界のことでございます。お分かりりいただけたなら、お言葉を」
どうやら言わなければならないらしい。
ここにいるみんなは自分がやってくるのをまっていたらしい。
あっち……ぶつだんの向こう側で、鉄平をまっていてくれたのは、マロだけ。
なのに、こんなにたくさんの生き物たちが、自分が来るのを待っていてくれたと。自分のためだけにここに集まってくれていたのだと思うと、胸が熱くなった。
鉄平は、感動でふるえそうになりながら、口を開いた。
「闇の、支配を、ココッロに」
ふるえるかと思った声は、意外と冷静で、きちんと広間全体に広がったらしい。
おおおお、と喜びの声がひびく。
「魔王様、ばんざーい!」
「勇者など、今度こそ倒してやる!」
「ココッロに闇の支配を! 魔王様にココッロのすべてを!」
「ばんざーい!」
「ばんざーい!」
広間がゆれるようなばんざいの声。
鉄平の手は自然に上がった。
ゆっくりと手を振る。
その手に動きに合わせて、ばんざいの声は更に大きくなった。
「魔王様の敵はただひとつ」
ケルベロスがばんざいの中でもよく聞こえる声で言った。
「勇者だけ」
「うん、知ってる」
「魔王様がココッロに降り立つと、光の女神は勇者を呼び出します。しかし今回は少し違う。魔王様より先に勇者が現れたのです。勇者が闇の世界をほろぼしてしまえば、ココッロから闇と影が消える。だから、我々は魔王様がいらっしゃる時をひたすら待っていたのです」
ケルベロスの言葉に、鉄平は疑問を口にした。
「え? 勇者って、魔王をたおすためにいるんじゃないの?」
「はい。如何にもその通り、闇の支配者たる魔王様は光の化身たる勇者にたおされます。しかし、魔王様をたおすのに力を使い果たして、勇者もまた、ココッロから消えます。だから闇の世界は残る。でも、今回は勇者が先に現れてしまった。これは稀なことです。この世界の決まり事から外れている。もし魔王様がこのまま現れなければ、勇者は闇の世界そのものを滅ぼそうとしたでしょう。闇がなくなれば我々魔の者が生きる世界がなくなってしまいます。魔王様は、我々魔の者の希望なのです」
「勇者って、どんなやつなの?」
前に向かって手を出してください、と言われ、鉄平は言われるがままに右手を出す。
右手の先がぐにゃりと歪んで、縮んで、広がって。
そこに、まぼろしを映し出す。
暗い森の中、三人の少年がたき火を囲んで話している。
一人は細い体にぴったりの革の鎧を、一人はふくらんだ体にフィットしたごつい金属の鎧を、一人は眼鏡をかけ、足首まである長い服を着ていて、三人とも白いマントを羽織っている。
細い少年は背中に大剣を、太った少年はそばに銀色のハンマーを、眼鏡の少年はまっすぐな杖を両手で包んでいる。
『魔王が来たって?』
『うん、まちがい、ないよ。おつげ? が、あった、し』
『でも、魔王をたおすなんて僕たちにできるのかな』
『できるって! だってオレたち、勇者なんだぜ?』
「あれは……!」
鉄平は思わず声をあげてしまった。
だって、そこにいるのは、はじめ、太、光男の三人だったからだ。
「こいつらが勇者……? なんで?」
「お知り合いですか」
「ぼくをいじめてたやつらだよ……。なんで? 勇者っていうのは正義の味方じゃないの?」
「勇者はあくまでも光の化身」
ケルベロスはつまらなさそうに言う。
「勇者の素質があれば、その者の性格やそれまでしてきたことなど関係ないのです」
「ぼくは魔王なのに、あいつらは勇者……? しかも三人も……? これって、弱いものいじめじゃないか」
鉄平の言葉が聞こえたのか、それまで歓声を上げていた魔物や魔族が、今度はまぼろしを見てこぶしを振り上げる。
「倒せ―っ!」
「倒せーっ!」
「勇者を、ココッロから消し去れーっ!」
魔物や魔族の叫びは、バラバラの言葉なのに、意味を持って鉄平に届いた。
これが、魔王というものだろうか。
魔物の言葉が分かる。
「魔王様」
ケルベロスが、ブーイングのひびく広間でも聞こえる声で言った。
「なに?」
「魔王様は勇者を倒したいですか」
「……うん、できるなら」
「ならば話はカンタンです。魔王様は最初から闇の支配者ですが、勇者は最初はただの人間でしかありません。勇者が光の力を手に入れる前に倒せば」
「そう、か」
クセで左手を下に下げようとして。
いつもそこにいたやわらかい感触がないのを思い出した。
「ううん、その前に、やらなきゃいけないことがあるんだ」
やっと鉄平は本当の目的を思い出した。
「マロを連れ戻さないと」
「マロ?」
「ぼくの子犬。この世界のどこかに。ぼくのかけらと一緒にいるはずなんだ。ぼくはマロを探しにこの世界に来たんだ。一週間で探さないと」
「なんと、失せ物とは」
ケルベロスは溜め息をつく。
「期日に問題はありません。あちらの世界の一日は、こちらの世界の一ヶ月。七か月という時間があります。……そして、どういう理由があれ、魔王様がこの世界にいらっしゃられたからには我ら魔の者は魔王様に従います」
「てつだってくれるの?」
「魔王様がお望みなら」
ケルベロスは頭を下げた。
「ただ、魔王様がどのような目的でこの世界に来たのであっても、勇者は魔王様を倒すためだけにこの世界に来ているのです。中には闇の世界だけでいいと、光の世界に攻め込まない魔王様もいらっしゃいました。ですが、そのような魔王様でさえ、勇者に倒されました。魔王様が犬を探しているだけだとしても、勇者は魔王様というだけで倒しに来るのです」
「うん、だから、勇者が強くなる前に探せばいい」
「承知」
ケルベロスは大きく長く鳴いた。
その瞬間、広間が静まり返る。
魔の者たちは深々と頭を下げて、広間から出ていく。
「……どうしたの?」
「探しに行ったのです。魔王様のかけらと、犬を」
「鳴いただけで?」
「わたくしめは魔王城の番犬、魔王様の一の配下」
ケルベロスは深々と頭を下げる。
「魔王様にお仕えし、魔王様のなさりたいことを魔の者たちに伝えるのが役目でございます」
「ぼくは? どうすればいいの?」
「御自ら、探しにゆかれたいですか」
「うん」
「ならば、この広間のかんぬきを開けられるだけの御力を身につけてください」
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