第25話 めいちゃんでないとダメ?

1月30日日曜日、朝から晴天だけど、凍えそうなほど寒い。

こんなに目覚めの悪い朝は生まれて初めてだ。

4回騙された時もここまで嫌な気持ちにはならなかった。

なぜだろう、大金を騙し取られた訳でもないのに。

あの3人だから、気を許していた3人だったから裏切られた感半端ない。

俺はめいちゃんを好きになってこんなに悩んでたのに、いつまでも気付かない俺を見て3人は笑ってたんだろうな。

そう言えば未央ちゃんなんかよくヒーヒー苦しそうに笑ってたもんな。優ちゃんだって何がジャジャーンだよ、

俺がどんな思いで目を開けたと思ってんだ。ああ、そんなことよりも俺が一番辛いのは、めいちゃんが実在しなかったってことだ。俺にとっては亡くなったも同じことなんだ。

食欲もないなあ、ちくわを見ても食べたくならない。

こりゃ重症だ。フレグランスつけてコーヒー飲もう。

10時過ぎ、ピンポンが鳴った。多分植木だろうな。

やっぱり。笑い上戸の未央ちゃんもいる。

中に入れたくないけど、入れなきゃ粘るだろうな。


「何?」


「何じゃないだろ!昨日のお前、ひどいくない?優ちゃんが勇気を出して打ち明けたのにそのまま帰るか?」


「ひどいのはそっちだろ!3人して俺を騙して、バカにして、笑い者にして」


「別に騙すつもりじゃなかったんだよ。そもそもお前がいけないんだからな。

一番最初に "ジュエル" 行く時、優ちゃん誘えって言ったのに、誘わなかっただろ?だから未央ちゃんが変装して隣りに座っちゃえば?って優ちゃんに言ってたんだよ。

そしたら2人で悪ノリして厚化粧したりヅラ被ったりして、なんかさパッと見たら別人みたいに良く仕上がってたんだ。

それに優ちゃんはお前に誘って欲しかったんだよ、分かんない?

毎日一緒にモーニングしてて。それに最初優ちゃんと飲んだあと、お前カラオケ来てさあ、ものすごく舞い上がってだろ?

だから変装してれば優ちゃんのこと好きになってくれるんじゃないかって思って俺達も応援してたんだよ、バカになんてする訳ないだろ」


未央ちゃんも怒ってる。


「そうよ!バカがバカをバカにしてどうすんのよ!」


「ねえ!この状況で冗談は止めてくれよ」


「ゴメン、でも優だって騙してるみたいで気が引けるってしょっちゅう言ってたよ。

それに声を変えて話すのって2時間が限界だって。

一度ほら、カラオケ店の階段で変なおばさんに遭遇したでしょ?

あれ優なの。浩二さんと "ジュエル" で声を変えたまま話してたら喉が痛くなったって私達のとこに来て上着脱いでヅラ外してジュース飲んでたとこに浩二さんからLINEが入って、こっちに来てるって言うからすごく慌てちゃって、遭遇してもバレないよう上着を裏返しに着たりヅラをづらしてつけたりとか、死にものぐるいだったんだけど、横で見てたらもうおかしくって苦しくって大変だったんだから。

そのあともまだ階段の途中で香水の瓶を一つ落としてしまったから浩二さんにバレないよう、瓶の上に覆いかぶさって、とっさに「追われてます」って言ったんでしょ?

もうそれを聞いた時も本当におかしくってしばらく苦しかったの」


はっ、なるほどね。


「昨日だって、浩二さんが暗い女の人苦手だって聞いたから、優は一生懸命明るく振る舞ってバラしたんだよ、いじらしいでしょ?

ねえ、まこちゃん、浩二さんの部屋って優の部屋と同じ香りがしない?」


「するする、やっぱ気が合うんだよ、お前達。なんかお似合いだよ。

俺達みたいにさ、もっと気軽に付き合ってみれば?」


「あっ、優が作ったお花ちゃんと飾ってる!この部屋にあってるじゃない」


「いいよ、もう捨てるよ!」


「捨てる⁈ヒドい!優が浩二さんにあげようと思って一生懸命作ったのに、一人で拗ねて。男の人って変なプライドがあるのね!」


「俺ないよ」


「知ってる!横から口挟まないで」


「はい」


「変装しためいちゃんが好きだってことは結局優ちゃんが好きだってことでしょ?

どうして認めないの?浩二さんを大好きな優ちゃんがめいちゃんだったんだからこんなに嬉しいことないでしょ?」


「俺の中では違うから。めいちゃんはめいちゃん、優ちゃんは優ちゃんだから」


「じゃあ、優が毎日めいちゃんに変装してれば好きになるってこと?」


「もう無理だよ。めいちゃんは優ちゃんだったって分かったんだから」


「だから良かったんじゃない!あなたのことを大好きな優ちゃんがめいちゃんなんだよ⁉︎」


植木がまた口を挟む。


「俺は優ちゃんとめいちゃんの区別がつかないけどね」


そしてまた叱られる。


「つけなくていいの!全部優なんだから」


「そうだよな、深く考えないでさ、優ちゃんとドライブ行ったり食事に行ったりすればいいのに。

俺だったら絶対そうするな」


一言多いからまた未央ちゃんに叱られる。


「それ、どういう意味?」


「あ、いえ、深い意味はないです、はい」


結局1時間ほど俺に説教して帰っていった。


昼過ぎ、宅配便が届いた。

ソバ打ち道具一式だ。なんか開ける気がしなかったから納戸の隅に追いやった。

午後は実家におかずを貰いに行きたかったけど、今行くとニアミスになりそうだ。

いや、ニアミスならいいけど、ばったり出くわしそうだ。かあさんにでもチクられたら総出で攻撃されそうな気がする。

日が暮れてから行くことにしよう。

久しぶりにカップラーメンを食べて、ソバ打ちの本も名店案内の本も見えないところに追いやって、夕方までボーっと過ごした。


日が暮れてからおかずを取りに実家に行った。


「今日は遅かったのね。優ちゃんと未央ちゃんはとっくに帰っちゃったわよ」


それでいいんだ。


「サバの味噌煮と小松菜のお浸しあるけど、たべてく?」


やっぱり夜は和食だ。めいちゃんも和食が好きだって言ってたな。

ああ、優ちゃんか…もうどっちでもいいや、忘れよう。

お浸しやら煮物やら和食のおかずをたっぷり保冷バッグに入れて帰って来た。


少しビールを飲んで、もう寝ることにした。

今日は結構星が出ている。


お星様、めいちゃんがめいちゃんでありますように…

そんなの無理か、めいちゃんは優ちゃんだったんだもんな。


翌日2月1日月曜日、モーニングタイムはあんまり行きたくなかったけど、気にしてると思われるのが嫌だったから行くことにした。

8時5分に着いたけど、優ちゃんだけはまだ来てなかった。

ちょっと心配になったので未央ちゃんに聞いてみた。


「優ちゃんも普通に来るんでしょ?」


「来るわよ、浩二さんみたいに気にしてないから」


ウッ、キツい一言。

おばさんは聞いていた。


「どうしたの?浩ちゃん何か気にしてるの?優ちゃんと何かあった?」


ああ、おばさんてどうしてこんなに遠慮がないんだろ…。


「いえ、別に…」


そう言ってると優ちゃんが入って来た。

ん⁈めいちゃん⁈優ちゃん⁈厚化粧⁈でもないけど、薄化粧でもない、中化粧!

オマケにヅラまで被って!

ああ、めいちゃんに見えてくる。

俺の向かいに座った。

俺はどこを見ればいいんだ、床しかないじゃないか!

おばさんに突っ込まれてる。


「優ちゃん、髪型変えたの?なんかお化粧も少し濃くてすごく大人っぽく見えちゃう、ね、浩ちゃん」


俺に振らないでくれ!

優ちゃんは悪びれることもなく俺の方を向いて堂々としている。

俺だけが床に取り憑かれているなんてみっともない気がしたので、俺も堂々と優ちゃんを見てる振りをした。

ああ、めいちゃんだ。俺の好きなめいちゃんだ。涙が出そうになったけど我慢した。


「私、イメチェンしました!今日からこんな感じです!」


ああ、やめてくれ。これ以上俺を惑わすな!お前は優ちゃんだろう。

まあいい、とにかく冷静な振りをしよう。


しばらくすると、カランコロンが鳴って、20歳過ぎくらいの若い男性が入って来た。


「こっちよ、こっち!」


おばさんが手を振った。

ボックスで新聞を読んでいたおじさんも立ち上がってお辞儀をしてる。

いったい誰なんだろう。

おばさんは男性をボックスに行って空きになったおじさんの席に座らせた。


「こちらは3年前に亡くなった長男の元同僚で井上はると君」


みんな事情を知っていたので一応に驚いた。

男性もみんなが知っていることに驚いたようだった。


「みんな敬太とあなたのことは知ってるから大丈夫よ。先日お見舞いに行こうと思って病院に電話したらもう後遺症も治まって退院したって聞いたからお家に電話したの。

そしたら会ってくれるって言うから、今日来てもらったって訳なの。

美容院で働いてて月曜日はお休みなんでしょう?」


「はい、そうです」


「事故のことはもういいの。居眠り運転した息子が悪いんだから」


「いえ、眠いって言ってたのに無理に代わってもらった僕が一番悪いんです。申し訳ありません」


「でもこうやって社会復帰できてるってことは敬太が俺の分まで幸せに生きてくれってあなたに頼んでるのよ」


「はい、ありがとうございます」


俺も植木も未央ちゃんも優ちゃんも涙ぐんでしまった。


「私はあなたのことを敬太と同じように扱うからあなたも私を近所のおばさんだと思って。これから月曜日の朝、時間があったらモーニングに来てね。

あなたが幸せな生き方をしてないと亡くなった敬太に申し訳ないの。

じゃあ、これからはるちゃんって呼ぶわね。マスター、はるちゃんにもホットサンドの大盛りお願いします」


良かった。余りが出ない。


「もう後遺症はないの?全然平気?」


「はい、もうどこも悪くないです」


彼は堂々としている。

背負った十字架は重いだろうに、ちゃんと向き合っている。

それに比べて俺はどうだろう。なんとちっぽけな人間であることか。めいちゃんだった優ちゃんが許せない⁈

いや、自分が調子悪いだけなんだ。優ちゃんは俺に嫌われることも覚悟の上で正直に打ち明けてくれたのに俺はどうだろう。

自分のことしか頭にない…嫌なヤツだなあ。


8時40分、俺達は仕事があるので先に "ダークブラウン" を出た。

駐車場に向かって歩いていると、優ちゃんが自転車で追いかけて来た。


「私、しばらくは優とめいのハイブリッドで来るから優の方が良くなったら教えてね」


「うん、ありがと」


何がありがとうか自分でもわからないけど、何かが吹っ切れたのは確かだ。明日から俺は、多分だけど、だんだん優ちゃんのことを好きになっていきそうな気がする。


優ちゃんがクスッと笑いながら言った。


「めいって言うのは優のおばあちゃんの名前なの。ふふ、じゃあまた明日ね」


そう言って木枯らしの中に消えていった。

おばあちゃんの名前か…早く優ちゃんだけにしよう。

仕事も難なく終えて "ダークブラウン" にも寄らず、まっすぐ家に帰った俺は納戸からソバ打ちの道具と本を出してきた。

今日からソバ打ちの特訓だ。

週末に美味しいソバが打てるよう、ソバが好きなめいちゃんいや優ちゃんの為に。

植木と未央ちゃんの分もいるだろうな、それと鳥居夫妻、マスターに玲さんも。

ひょっとしたら、そのうち本物のめいちゃんの分も要るかも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

騙したくない佐藤と騙されてしまう佐藤 うすいいろみず @kusairo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ