第24話 めいちゃんはまぼろし〜⁉︎

1月30日土曜日、布団から出たくない。空はどんより雲ってるし、身も心も寒い。

昨日の悪夢が蘇るからずっと寝ていたい。

どうしてこんなに辛いんだろう。

たった4回会っただけなのにこんなに好きになってるなんて、俺ってバカだなあ。

あんなに気が合って、楽しくて、ずっと話していたい人なんてもう現れないよな。

どうしよう、涙まで出てきた。

でも今日も来てくれるって頷いてくれたと思うんだ。

うん、多分来てくれる。

そしたらもうあんなこと言わないから本当にゴメンって謝ればいいんだ。

そうすればまた楽しく会える。

そうだ、そうしよう。めいちゃんと会えなくなるのは辛すぎる。


でも、やっぱりこんな夜しか会えない、横顔しか見られない関係なんて長く続くはずないよな。

それまでに気持ちが冷めますように。

取り敢えず今夜は謝ろう。


はあー、まだ朝の6時だ。シャワー浴びてモーニングセット食べに行こ。


7時50分もう "ダークブラウン" に着いてしまった。一番先に入る元気がないので、車の中で誰かが来るのを待つことにした。


めいちゃんは今日も来てくれそうな気がするけど、俺が無神経なことを聞けば、多分また帰ってしまうんだろうな。

そんなことを考えていると、隣りに植木の車が止まった。

二人が俺の方を見て手を振っている。

最近あの二人は本当に楽しそうだ。

未央ちゃんなんかいつ見ても笑ってる。

人生バラ色なんだろうな。羨ましいよ。

俺なんかめいちゃんを好きになったばっかりに、日に日に不安が増して行く。


3人で中に入ると玲さんが爽やかな声で迎えてくれた。


「おはようございまーす!6人掛け空いてますよ。今片付けますね」


あー、やっぱりいいなあ、この空気感。

鳥居夫妻もすぐにやって来た。

おじさんは奥の席でゆっくり新聞を見たいだろうから、2人を先に座らせて俺は通路側で小さくなって食べるという土曜日の掟だ。そして俺の向かいに優ちゃんが座る。と思ったのにまだ来ない。


「今日は優ちゃん遅いね」


「うん、珍しく寝坊しちゃったみたいで10分くらい遅れるから先食べてって」


もちろんみんな先に食べてる。


俺はヘルシーなメニューにしたかったからサンドウィッチを頼むことにした。

おばさんはやっぱりホットサンドの大盛りだけど、今日は残りの半分に気を使う元気はなかった。

そうこうしてると、優ちゃんが元気に入って来た。


「おはようございます。ちょっと遅くなっちゃった」


そう言ってみんなのトレーを眺めた。


「私、ホットサンドの大盛りとブルーベリーヨーグルトもお願いします」


優ちゃんはやっぱりホットサンドの大盛りがおばさんだけだから片割れを気にして大盛りにしてるんじゃないだろうか?

ふとそんなことを思ったりもしたが、今の俺はそれどころじゃないんだ。

めいちゃんと別れたくない。

別に付き合ってる訳でもないけど、もう会えなくなるなんて辛すぎる。

こんなこと、みんなに相談したら絶対やめろって言われるだろうな。

鳥居のおばさんなんか、俺が横顔しか見たことがないし、夜しか会えないって言ったらどう言うだろう。そんなの騙されてるに決まってるでしょう!すぐ忘れなさい!って感じかなあ。

俺は今、めいちゃんのことを考えている。

昨日まではモーニングタイムは気が紛れてリフレッシュできたのに、今日の俺はダメだ。

しかも俺は今、床に取り憑かれている!

暗ブタと一緒じゃないか!

ふと我に帰り、顔を上げるとみんなが俺を見ていた。鳥居のおじさんなんか新聞の隙間からこっちを覗き込んでいる。

やっぱり今日の俺はおかしいんだ。

どうかしている。これ以上居ると植木になんか突っ込まれそうだからバレないうちに帰ろう。


「俺、ちょっと用事思い出したから先帰るね」


みんな呆気に取られているのは分かったけど、もうこれ以上話す元気はなかった。


マイルームに帰っていろいろ反省してみた。昨日本当はソバ打ちの話で盛り上がるはずだった。

上手に打てるようになったらめいちゃんにプレゼントするねと言えばきっと喜んでくれる。

一緒に出かけたいとか普通に向かい合って話がしたいとか言わなければめいちゃんは困らないんだから俺も細心の注意を払おう。

先のことはどうでもいい、ケセラセラだ。


お昼レンチンのチャーハンを食べてからジャケットを買いにショッピングモールに行った。

ブランドショップにすごくいいのがあった。濃いネイビーだけどグラデーションになってて、ちょっと宇宙を思わせる感じ?

これしかないと思ったけど、予算の倍の値段だった。

でも迷わなかった。手持ちでなんとか賄えたから即買ってしまった。

マイルームに帰ってブラインドを開け、明るいところで見ると一段といい色だ。

でも "ジュエル" で見たら多分ただの黒だろうな。まあいい俺が気に入ってるんだから。

夕方気分は落ち着いていた。と言うより開き直っている感じだけど、まず昨日のことを素直に謝ろう。結果は考えない。


午後7時15分に家を出た。少し早いけど今日はゆっくり歩いて行きたい気分だ。

粉雪の舞う中、ひとりぼっちは慣れている、リア充だ、寂しくなんかない。そう自分に言い聞かせながら歩いた。

誰かが言っていた "寂しくない、寂しくない" と。今の俺はその言葉を思い出しただけで泣きそうになる。


"ジュエル" には7時40分に着いた。

8時までにはまだ20分もある。

取り敢えずバーテンダーの前に座りジントニックを頼んだ。

優しそうな目をしたバーテンダーはニコッと微笑み、カウンターの隅を指差した。

めいちゃんだ!もう来てる!

やっぱり来てくれたんだ。

舞い上がりそうな気持ちを抑えてゆっくり隣りに座った。


「もう来てたんだ、昨日はゴメンね、今日はもう余計なこと言わないから安心して」


俺がそう言うと、めいちゃんは突然こっちを向いてこう言った。

「私の方こそ嫌な態度取ってごめんなさい。今日はもう大丈夫だから」


ニコッと笑ったその顔!かわい〜い!厚化粧で素顔は分からないけど、かわいい、かわいい、かわいい😍

あ、めいちゃんも俺の顔ハッキリ見たの初めてのはず。

どう思ったんだろう。気になるけど聞くのはやめとこう、余計なことを聞いてたらまたドツボにハマる!

俺のジントニックが来た。聞き間違いか⁉︎

めいちゃんの一言❣️


「私、ビールだから注いでください」


こっちを向いてる!いいなあ、夢みたいだ。

夢はまだまだ続く。


「8時半になったら私んちに来る?」


「え?いいの?」


「うん、浩二さんが嫌じゃなかったら、そば屋さんにも行きたいし、ドライブにも行きたい」


「ホントに⁈良かったあ!

俺、昨日のことがあってからすごく落ち込んでたんだ」


「私もすごく落ち込んでたんだけど、もう嫌われるの覚悟で隠し事しないって決めたの。

でも浩二さんが私のこと知ったら多分嫌いになると思うから…」


「なる訳ないよ!俺、今までめいちゃんみたいに気の合う人に会ったことないもの。

めいちゃんの方こそ、いま俺の顔見てガッカリしなかった?」


あ、聞いてしまった。


「しないよ、顔も好きだよ」


ああ、夢かも知れない、どうしよう。

左足の向こう脛を右足の踵でけってみた。非常に痛い。夢のはずがない。こんなに長いリアルな夢なんてあるはずがない。

めいちゃんが立ち上がった。


「はい、うちに行きましょ!」


「はい!行きます!」


"ジュエル" を出てタクシーに乗る前にめいちゃんがマフラーを外して僕に目隠しをした。

タクシーに乗って、運転手に行き先を指示している。

「ここを右、次の信号を左に曲がってまっすぐ行ったコンビニの前までお願いします」


「はい、かしこまりました」


思ったより速く、10分ほどでそこに着いた気がする。

エレベーターに乗りすぐだったから2階か3階だと思う。めいちゃんが手を繋いでくれ、少し歩いたところで止まった。

めいちゃんが


「お願い、私のこと嫌いにならないで…」


そう言って目隠しを外してくれた。嫌いになる訳ないじゃないか!俺はいじらしくて涙が出て来た。

ゆっくり目を開けると、帽子をとり、ズラを外しためいちゃん⁉︎

いや、優ちゃんが立っていた。


「ジャジャーン!優でした!」


俺は頭が真っ白になって、腰が抜けそうだった。

「え?めいちゃんは?」


「だから優だって!」


「ええー!」


そこへいきなりドアが開いて二人の男が襲いかかってきた。

いや、植木と未央ちゃんだ。

二人ともヒーヒー笑っている。

めいちゃんは、いや、優ちゃん?は泣きそうな顔をしている。

どうなってんだよ!冗談だろ⁉︎

めいちゃんは?めいちゃんはどこに居るんだよ!こんなの耐えられない!


「ごめん、おやすみ」


「おい、それはないだろ!待てよー」


植木がなんか言ってるけど、とてもあの場にいられない。

どうやって帰ったか覚えていないが、冷え切ったマイルームの前に立っていた。

俺の中でめいちゃんが消えた。

とにかく中に入ろう。凍えそうだ。

エアコンのスイッチを入れ、温かいシャワーを浴びることにした。

体が温まって少し正気に戻ったが、まだ悪夢の続きを見ているようだった。

めいちゃんは存在していなかったんだ。

俺の大好きなめいちゃんは優ちゃんだったんだ。いや、違う。幻だったんだ。

優ちゃんが俺をハメる為に作り上げた幻だったんだ。

あの二人はいつから知ってたんだろう?

最初から3人で騙してたのか?

そう言えば、ここんとこ未央ちゃんがよく楽しそうに笑ってたのは俺のことだったのか?

いつまでも気付かないバカなヤツだと思っておかしかったんだろうな。

とにかくめいちゃんはいなかったんだ。俺の大好きなめいちゃんは幻だったんだ。

もう寝よう、何もかも忘れたい。


着信もLINEも星の数ほど入ってる。見たくもない。

夜空に輝く星は今日も少しだけ。


お星様、めいちゃんを返してください…

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