第22話 めいちゃんはいい人?
1月23日土曜日、5時半に目が覚めてもう眠れない。
ずっとめいちゃんの笑顔に包まれている。
でもそれだけじゃないことも解っている。
普通に考えれば俺は絶対騙されているから。普通に考えなければいい。
めいちゃんには何か特別な事情がある。
俺には解る。俺を騙す為に顔を見せないんじゃなくて、どうしても見せられない事情があるんだ。
そうだ、もうそれでいい。
深く考えてたらまた疑いたくなってしまう。
今日はモーニングに行くよりめいちゃんのことを考えていたいけど、植木に根掘り葉掘り聞かれそうだから取り敢えず行こう。
土曜日のモーニングタイムは結構混んでるからみんな6人掛けに大人しく収まっている。
でもないか。
鳥居のおばさんはなにやらおじさんに文句を言っている。
「土曜日は窮屈だから新聞広げるのやめて」
「君だって雑誌広げてるから、浩二君が端っこで小さくなってるじゃないか」
それは確かです。
植木と未央ちゃんは俺の方を見ながらヒソヒソ話をしている。
俺が気づいてないと思ってるみたいだが、なんか笑い者にされてるような雰囲気だけは伝わってくる。
植木が聞いてきた。
「昨日は "ジュエル" に行った?」
あー、優ちゃんの前で聞くなよ。
私も行きますって言われたら困るだろう。
ホントに気が利かないなあ。
「行ったけど、そんなに居なかったよ」
「へえー、そうだったんだ」
良かった。優ちゃんは興味を示してない。
植木よ、頼むからもう話を広げないでくれ。
そうだ、俺が話題を変えよう。
「未央ちゃんと優ちゃん明日は教室行くの?」
未央ちゃんが食いついてくれた。
「もちろん行くわよ。私達二人とも結構素質あるみたいなの。初心者とは思えないんですって。おばさん達もすごく親切で面白いから明日も楽しみよ」
植木は不満そうだ。
「でもさあ、それのせいで日曜日はランチ食べたら終わりだもんね、なんか落ち着かないよ」
「じゃあ、ランチもやめる?」
「あ、いえ、ランチで充分です」
こりゃ、先が見えてるな。
みんな土曜日は仕事がないからゆっくりしたいんだけど、残念ながら土曜日だけは朝から混雑してる。
9時前にゾロゾロ店を出て、みんな手だけ振って行きたい方向にそれぞれ別れた。
俺はマイルームに帰って少し片付けをした。ネットの取り寄せが多いからダンボール箱があっという間にたまる。
部屋を片付けて掃除機をかけ、フレグランスランプを点けた。
落ち着くなあ、この香り。
めいちゃんはフレグランスランプとかキャンドルとか使うんだろうか。
そうだ、確かランプのパンフレットを取っといたはず。ちょっと探してみよう。
納戸の中にいろいろなチラシやパンフレットを乗せた棚が溢れそうになっていた。
1つ1つ確かめながら選別していたら、やっぱりフレグランスランプのパンフレットも出てきた。
多分めいちゃんは目を輝かせて喜ぶはず。
よし、"ジュエル" に持って行こう。
きれいになった部屋で好きな香りに包まれて寛ぐ。リア充だなあ。
お昼は十割そばを食べに行くことにした。
めいちゃんも行ったって言ってたけど、晩ご飯なのかなあ、昼間だと帽子をかなり深く被らないと顔が分かっちゃうよな。
まさかソバを食べる時はすっぴんで、全く違う顔だったりして。
ちょっと期待して行ったけど、オッサンしか居なかった。
やっぱ女の子で日本ソバ好きって変わってるよな。
普通はパスタとかイタリアンとか言うだろ?和風だなあ、着物も凄く似合いそうだし、お茶とかお花とかも…
ダメだ、また妄想が始まった。
美味いソバを食べて帰ろう。
"かまくら" で美味しい十割ソバを食べたあと、俺はソバに関する情報を仕入れようと、古本屋に寄ってみた。
ソバの専門書は3冊あった。
1冊目は内容の殆どが名店案内で日本中の老舗が載っている。
2冊目は本格的なソバ打ちの本。
3冊目は名店そこそこ、打ち方そこそこだ。俺はめいちゃんと名店めぐりもしたいし、めいちゃんの為に美味いソバも打てるようになりたい。
なら、3冊目を買うか?
いや、俺はどちらも詳しく知りたいから、結局、1冊目と2冊目両方を買った。
マイルームに帰っていい香りに包まれリア充のひと時を満喫していたが俺は迷っていた。 "ジュエル" に行く時、香水のサンプルだけ持って行くべきかソバの本も持って行くべきか…あんまり意気込んでると引かれそうだからやっぱりソバの本は来週にしよう。
やっと6時になったから、そろそろシャワーを浴びてちょっと腹ごしらえだ。
マルゲリータにシュレッドチーズをたっぷり乗せてこんがり焼こう。
そう思って、オーブンのタイマーを入れた時に植木から電話がかかって来た。
「今日は "ジュエル" 行く?」
「行くけど、お前も来るの?」
「俺は行きたいんだけど、未央ちゃんが映画観に行きたいって言うから行けないんだよ」
「そうか、仕方ないよな、未央ちゃんが映画観たいんならさ。"ジュエル" はまたいつでも行けるよ、じゃあな」
未央ちゃんありがとう!植木を映画に誘ってくれて、本当にありがとう。
アイツに横からチャチャ入れられたら何もかも台無しになる。
このままゴールインしてくれないかなあ。
未央ちゃん頑張れ!
あ、待てよ!映画⁈いいなあ。
席を隣り合わせに取っといて中の真っ暗いとこで待ち合わせにすれば、顔も分からないから、めいちゃんも来てくれるかも知れない。
そうだ、今日聞いてみよう。
いや、来週植木に何観たか聞いてからがいいな。
さて、着て行くものは何にしようか。
あんまり浮かばないから、無難に黒のジャケットにしよう。
外は冷たい風が吹いてこの冬一番の寒さだ。でも心は暖かい。
30分後にはめいちゃんに会える。
今日も少し早く "ジュエル" に着いたけど、そとが寒かったからジンフィズを飲んで体を温めた。
次々入って来る人が気になるけどめいちゃんは見られたくない人だから香水の説明書に目を向けたが、字が小さい上に薄暗いからサッパリ分からない。
8時10分ころ、めいちゃんが静かに隣りの席に座った。
「こんばんは。外はすごく寒いね。私、ジンフィズお願いします。この席、なんかとってもいい香りがしてる」
「分かる⁉︎前にある紙ナプキンに僕が一番好きな香りを吹き付けてみたんだ。どお?」
「うーん、落ち着くね。自分の部屋に居るみたい」
おお、めいちゃんちもこんな香りなんだ、俺の部屋と同じじゃないか、嬉しいなあ。
「これ、5個ともウッディな香りなんだけど、それぞれ少しずつフルーティな香りとかスパイシーな香りとかが混ざってるんだ。どれがいい?」
「そうね、どれもいいけど確かにちょっと違うね」
「じゃあさあ、せーので指差ししよう。いくよ?」
「はい、決まり!どうぞ」
「はい、せーのーこれ!」
「これ!、あー、一緒だ!」
「ほんと、一緒だね」
やっぱり!ウッディな中にも少し柑橘系の香りがするこれ。楽しいなあ。
「このサンプルあげるからめいちゃん持って帰って」
「いいの?ありがとう。じゃあ、このタオル地のハンカチあげるね。ブルーだから男の人が持ってもおかしくないでしょ?
ダメ?こういう色」
「ダメじゃない!いいよ、すごく!なんかネイビーがかってて、宇宙の色みたいだね」
「そうなの、宇宙のハンカチ。この白いとこはシミじゃなくって星なのよ。よーく見れば銀河なの見えるでしょ?」
そう言ってケラケラ笑っためいちゃん、可愛いなあ、今笑った時に少しだけ斜めから顔が見られたけど、美人だよ、素顔は分からないけど、いい感じ…。
「いけない、もう10時過ぎてる、ごめんなさい、私、先帰るね。
また来週も来てくれるんでしょ?」
「あ、もちろん!」
「それじゃまた来週ね、おやすみなさい」
「おやすみ…」
なんか帰りがあっけないなあ。
ちょっと気になるけど、まあいいや。
めいちゃんのハンカチも貰えたし、何より楽しかったな。
めいちゃんの余韻に包まれたまま30分ほど過ごしたけど、なんか中途半端な気がして帰れなかった。
カラオケ店でも寄って行こう。
植木達はもう映画見終わったかなあ。
ちょっとLINEいれてみよ。
「今から一人でカラオケ行くんだけど、暇だったら来いよ」
既読になったけど、なかなか返事が来ない。10時半だからもう帰ったのかなあ。
いや、花の土曜日なのに、植木がその日のうちに帰る訳がない。
カラオケ店に着いた時、やっとLINEが帰って来た。
「俺と未央ちゃんもカラオケにいる。No.12」
「了解。もう着いたからすぐ行く」
LINEを入れて階段を上がっていたら上からビックリするようなおばさんが現れた。リバーシブルでもないようなジャケットを裏返しに着て、どう見てもカツラがズレたような髪型で、懐に何やら細々したものをいっぱい抱えて、ブーツを半分しか履いてない足でよろよろしてるのに慌てて階段を降りている。
危なっかしいなあ。
案の定半分も降りないうちに小さな瓶のようなものを踊り場まで落としてしまった。
取ってあげない訳にはいかないから手を伸ばそうとしたら、恐ろしいような勢いで小瓶の上に覆い被さって来た。
思わず「大丈夫ですか?」って声をかけたら、「追われてます!」って言うことだった。
俺はビックリして上を見上げたが、誰も追いかけて来る様子はなかった。
ふと、おばさんの方を振り向くと、ヨタヨタしながらも小走りで街の方に消えて行った。本当に誰かに追われてるのかも知れないとも思ったが、あのおばさん自体も怪しいからまあいいかなと思い2階に上がった。
植木と未央ちゃんのいる部屋に入ると、未央ちゃんはヒーヒー笑ってて植木はちょっと困ったような顔をしている。
俺はさっきのおばさんが少し心配だったので植木に言ってみた。
「さっき、変なおばさんに遭遇したんだけど、なんか、誰かに追われてるみたいなこと言ってたんだ。大丈夫かなあ」
「ああ、大丈夫だと思うよ。この部屋にも来てたけど、すぐ出てったから。時々みんなをビックリさせて喜んでるおばさんみたい」
「なあんだ、そっか、心配して損した。
ねえ、次俺歌ってもいい?」
未央ちゃんは楽しそうにずっと笑ってる。
俺もめいちゃんと楽しくカラオケしたいんだけどな。
11時に店を出てアルコールを飲んでいない植木が家まで送ってくれた。
俺は最近、一人になるとすぐにめいちゃんのことを考えてる気がする。
会えば会うほどいい人に思えてくる。
これがもし騙されてるんだとしたら、俺は立ち直れないかも知れない。
今まで優しくされた女は、自分でも少し疑っていたから辛くても時間が解決してくれけど、めいちゃんみたいな人に騙されたら俺はどうなるんだろう。
少し怖くなってきた。それと同時に確かめたくてたまらなくなった。
めいちゃんは人を騙すような女性ではない。そう確信したかった。
でも、めいちゃんは横顔しか見せてくれない。俺がいろいろ聞いたらもう次から会ってくれないような気がするから、それはやっぱり嫌だ。
どうすればいいんだろう。真実は解らなくても、俺さえ今の距離を保っていればこのまま会えるんだからしばらくそうしようか。
お星さま、どうか、めいちゃんがいい人でありますように…
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