第20話 めいちゃんがいつも心に…

1月18日月曜日、今朝も寒いけど、俺は寒さなんかに負けない!

モーニングの連中はみんな元気だ。

そして、いまでは誰も、誰にも気を使わない。

勝手に入って勝手に注文して勝手なところに座ってる。だいたい、俺と優ちゃんは取り残されてたまに他愛もない話をしながらモーニングセットを食べている。


8時10分ころ突然優ちゃんのパパが現れた。相変わらず立派なスーツに目が行く。


「おはようございます。いやあ、今朝も寒いですなあ」


鳥居夫妻が突然立ち上がってかしこまった。


「おはようございます。本当に寒いですね。あ、良かったらこちらにどうぞ」


優ちゃんが立ち上がって怒ってる。


「パパ、朝からそんなスーツ来てこないでよ!みんながかしこまるでしょ!」


「ああ、ごめん、ごめん」


そう言って寒さの中、消えて行った。


「あれ、帰っちゃった?」


玲さんがトレーをかかえたまま突っ立っている。


「誰も帰れとは言ってないのに」


優ちゃんが心配してると、スウェットに身を包んだデカイおっさんが入って来た。

パパだ!


「はは、車に部屋着を積んでたから着替えて来たよ。なんか、こんな格好すると、だらしないおじさんみたいでしょ?」


確かに。まだ変なスーツ姿の方がマシかも知れない。


優ちゃんパパはおじさんの向かいに座ってサンドウィッチとハムサラダのモーニングセットを注文した。

2人は今の政治に対する不満話で盛り上がっている。そこにひと段落したマスターも嬉しそうに加わった。


「若い人が政治に興味を持ってくれなきゃ世の中変わらないのに、どう言えば解ってもらえるんだろうね」


「うーん、難しい問題ですね」


玲さんが眉を顰めている。


「ねえ、みんなが食べてる時に難しい話するのはやめて!

美味しく食べられないでしょう?」


「ちっとも難しい話じゃないよ。大事な話だよ」


「いいから止めて!」


玲さんの目が座ってきたのでマスターの話は終わりになった。


優ちゃんパパはどこに居ても場を盛り上げなければと思ってるようで、ここでも遺憾なく発揮した。

鳥居さんは若くて綺麗だから旦那さんは幸せ者だとか、誠君と未央ちゃんは本当に楽しそうでとってもお似合いだとか、優ちゃんと俺にまでとばっちりがきた。


「優と浩二君もお似合いだと思うんだけどなあ。

優は口は悪いけど名前の通り優しい子だよ」


「あ、はい…」


優ちゃんが遂に怒った。


「パパ、いい加減にして!みんな返事に困るでしょ!」


「いいじゃないか、賑やかな方が楽しいだろ?」


「そんな毒のある冗談言わなくったってみんな楽しいの」


そして、トドメの一言。


「もう来ないで!」


今日もあっという間に8時40分になったので俺達4人は鳥居夫妻、優ちゃんパパを残して仕事に向かった。


車に乗ると、すぐにめいさんの横顔が浮かんだ。俺はモーニングと仕事の時以外ずっとめいさんの事が頭にあるような気がする。


仕事がなかったら、俺はどうなっていただろう。

もっとめいさんにのめり込んで、もっと病的で一日が長くて自分に自信がなくて、生きているのがつまらなくて、最初女に騙されたあと、しばらくそれだったもんな。

とうさんが肺ガンだって言われて3か月後にはもう亡くなって、かあさんと俺だけになってしまった。

それからというもの、俺はかあさんを安心させてあげなきゃと思って元気な振りをし始めた。

そのころ勤めてた小さな会社の人間関係が嫌で本当は辞めたかったんだが、そうは言えず毎日が充実しているように振る舞った。

そのうちかあさんも教室を始め、生徒さん達とあちこち旅行に行ったり忙しく楽しく過ごし始めた。

でも俺の心はまだ病んでいた。隣り町のバーで優しく近寄って来た女、俺は全く警戒しなかった。

美人で優しくて愚痴も聞いてくれて頭も撫でてくれた。

何も聞かず180万円貸して欲しいと言われた時も、俺は人に言えない余程の事情があるのだろうと思ってしまった。

コツコツ貯めたお金と少し前に貰ったボーナスを殆ど注ぎ込んで借用書も書かず渡してしまった。

女にすればボーナス時期に出会ったいいカモだったんだろうな。

オマケにタクシー代5千円まであげた。

そのまま連絡が取れなくなって、やっと騙されたと気付いたときにはもう仕事にも行けない、飯も食えない廃人のようになっていた。かあさんが心配して知り合いのおばさんたちに相談しているのが分かった。始めのうちは喧しくて、いい加減にしてくれと思ってたのに、だんだんその厚かましさが俺に元気を与えてくれるようになっていった。"人生楽しまなきゃ損よ" って言ってるようだった。

それからは意識的に自分は幸せな方だと思うことにした。実際、新しい仕事は自分に合ってたし、人間関係も楽だった。

俺は強くなった。

しかし、その反動か時折無性に寂しくなって結局その後も3回女に騙された。

だが、今は違う。俺はリア充だ。めいさんのことは好きだが、のめり込んだりはしない。俺はリア充だ…。


仕事も順調に終わり、久しぶりに夕暮れ時の "ダークブラウン" に寄ってみた。


いつもの席に座ったのに、いつもと違って見える。

めいさんのことを思っているからか?

観葉植物とか多肉植物とか芽依さんは好きなんだろうか。

ウッディな香りが好きなんだから多分部屋にも置いてあるだろうな。

コーヒーは飲むんだろうか?紅茶かなあ、今度聞いてみよ。

マガジンラックにタウン誌があったので開いてみた。

ラーメン特集が載ってる。

芽依さんは日本ソバの次にラーメンが好きだと言ってた。

俺が好きなラーメンは醤油、芽依さんはなんだろう。


いけない!ちょっとめいさんが頭の中を占領しすぎてる。

今日のディナーのことでも考えよう。

かあさんにもらったおかずがたくさんあるから味噌汁だけ買って帰ろう。

俺は豆腐とワカメの味噌汁が好きだ。めいさんは何だろう。

あー、まただ!どうしようもないなあ。

そうだ、無理に消そうとするからいけないんだ。好きなだけ考えよう。

その方が楽しいし、そのうち飽きるだろう。

多分めいさんの好きな味噌汁の具はナスだ。そんな気がする。

なんか "めいさん" ってちょっと言い辛いから "めいちゃん" って心の中で呼ぼ!


めいちゃんと会えない日は日曜日から木曜日まで。

今日は月曜日だから火、水、木、金曜日には会えるな。


でもどうして引っ越して来たんだろ、仕事かなあ、それとも家族全員でニュータウンに家を建てたとか?

どこに住んでいるんだろう、聞けるような雰囲気じゃないしな。

プライベートなこと聞いたら、次の日からもう会えなくなるんだろうな。

いい人に見えるのにどうしてあんなに秘密めいてるんだろう。

まさか本当に指名手配されてるんじゃないよな。ちょっとネットで調べてみよう。


なんか、ちょっと似てるかなあと思える女が1人いるけど、めいちゃんの素顔は知らないし、真正面から見たことないし無理だな。

あのドラキュラが血を吸ったような口紅を除ければこんな顔かなあ?

いや、口紅塗っててもこの口よりは小さい。やっぱり違うな。


ごめん、めいちゃん。指名手配なんてされてないよね。


今夜も星は見えないが祈りを捧げよう。

めいちゃんがいい人でありますように…


めいちゃん、おやすみ…


次の日、その次の日と少し長かったが、結構平和だった。

優ちゃんのパパは来ないし、鳥居のおじさんはボックスで幾つもの新聞を隅から隅まで読んでいる。

植木と未央ちゃんは相変わらず仲がいい。時々優ちゃんも加わってゲラゲラ笑っている。

あんまり楽しそうな時は俺も加わるが、大抵は仕事の下準備をしている。

年が明けてからみんながバラバラの注文をするものだからマスターは大忙しだ。鳥居のおばさんなんか、

ホットサンドの大盛りとか訳の解らない注文をする。

その度におじさんが気を使って注意するが、全く気にしない。


「ホットサンドの大盛りってどういうことなの!

具を多くするのか、もう一個増やすのかちゃんと言ってあげなきゃ困るでしょ!」


マスターがカウンターの奥でボソッと言った。

「具を増やすのは、破けちゃうから無理…」


おばさんは全く聞いてない。


「どちらでも。作り易い方でお願いしますね」


一個増やすって事は三角1個残るって事だよな。うん、こんな時、俺は余計な気を使ってしまう。


「じゃあ、僕もホットサンド大盛りでお願いします」


無神経な植木が乗って来た。


「あ、僕もホットサンド大盛りにしてください。未央ちゃんと優ちゃんは?」


おい!それじゃ意味ねーだろ!


未央ちゃんが先に答えた。


「私はバタートーストがいい」


優ちゃんはクスクス笑っている。


「じゃあ私もホットサンドの大盛りで」


良かった。なんとか偶数になった。

優ちゃんは解ってる?まあいいや。


玲さんは基本、運ぶだけなので、みんなの会話を良く聞いていて時々鋭いツッコミを入れてくる。

みんなのことを一番よく知っているのは玲さんかも知れない。


ま、今のところ平和で楽しいモーニングだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る