第18話 バーで意気投合しためいちゃんって⁉︎
1月11日月曜日、天気はいいが、風がすこぶる冷たい。
今年初めてのモーニングだ。8時ちょうどに着くと入口でみんな揃った。
タイミングが良過ぎてみんなガハガハ笑ってしまった。
明けましておめでとうございます、を連発しながらカランコロンを開けると、今度はマスターと玲さんにおめでとうございますの連発だった。
マスター曰く、去年はいろいろあって退屈しなかったから今年も楽しませてね、と言う事だ。
俺はもう充分だ。
そう思ったが、すでに体験教室の問題が起きていた。
はっ!、今年もまだまだあるんだろうな。
みんなそれぞれバラバラのメニューを注文したからマスターは正月早々大忙しだ。
去年のように気を使う人は誰一人いない。
鳥居のおじさんなんか、どこにいるんだろうと思ったら、一人でボックスに座って両手いっぱい新聞を広げている。おばさんも婦人雑誌に夢中で玲さんの質問を適当に聞いている。
「サラダは何にしましょうか?」
「そう、そう、それにして」
おじさんはしっかり聞いていた。
「だから、どっちかって。ハムかコーンだよ」
「…エッグもあります」
「あ、じゃあ、コーンにして。私、コレステロールが高いからこれからサラダって言ったらコーンにしてくださる?」
「そんな面倒なこと言うもんじゃないよ、コーンサラダって言えばいいだけじゃないか」
「あら、あなただって一人でボックス占領してるじゃない」
「いいでしょ、ガラガラなんだから。あ、いや、まだ空いてる時間帯だから」
すげーくつろぎ様だな。まるで我が家じゃないか。玲さんはケラケラ笑っている。
あっさりした人で良かったよ。
植木達3人はなにやらヒソヒソ話してる。
まさか俺の昔話じゃないよな?
「ねえ、何の話?」
「昨日未央ちゃんと優ちゃんがフラワーアレンジメントの体験教室に行った話。
お前んちのかあさんが面白くってとっても上手だって」
未央ちゃんが嬉しそうに言った。
「私、以前からフラワーアレンジメント習いたかったんだけど、一人で行くの嫌だったから優を誘って行ってみたの。
そしたらみんなとっても楽しいし、作品も先生が手直ししてくれるからすごく見栄えがよくって部屋に飾るのが本当に楽しみよ。
いいでしよ?毎週行っても」
ダメだと言う権利は、俺にはない。
そうだ、今言っておこう!
「うん、かあさんも2人のこと、とっても感じのいい人達だって言ってたよ。
それと生徒さんのなかに小川さんていう面白いおばさんがいるんだけど、俺のことも知っててね、あることないこと言いふらすから全部聞き流してよね。
この前なんかひどいんだよ。俺、前の仕事が合わなかったから転職しただけなのに、女の人に騙されたせいで仕事に行けなくなったって他の生徒さん達にも言いふらしてんだから。2人共うかつに自分のこと話さない方がいいよ」
よし、完璧だ!2人とも笑っている。
「そうね、適当に聞き流せばいいよね。良かった!浩ちゃんがやめてくれって言うんじゃないかと思って内心ビクビクしてたんだ」
その通りだよ!やめてくれって言いたいよ。言える訳ないだろ。
「じゃあ、いいのができたら僕達にもプレゼントしてよ」
やっぱり植木が食いついた。
「お、いいね、いいね。俺は未央ちゃんのでいいから優ちゃん浩二にあげてよ」
「未央ちゃんのでいいってどういうこと?
私ので我慢してやるってこと?」
「ゴメン、ゴメン、未央ちゃんのがいい!って何か優ちゃんに失礼だろ?」
好きにしてくれ。
取り敢えずこれで安心だ。今日のモーニングも無事終わった。
次の日からも相変わらず我が家に居るようなモーニングが続いた。
15日金曜日夕方、植木から着信があった。
明日休みだから夕飯食ったら前よく行ってた"ジュエル" に飲みに行かないかと誘われた。
俺も暇だったので久しぶりに行ってみることにした。
植木は未央ちゃんと行くから俺も優ちゃんを誘ったらどうかと言われたが、なんだか疲れそうな気がして断った。
久しぶりの "ジュエル" だったが、カラーもそのまま琥珀色でいい雰囲気だ。
週末のせいか結構混んでいて、3人でカウンターに座ったが、どう見ても俺だけ一人だ。植木も未央ちゃんも全く俺には話しかけず、平気で楽しくやっている。
植木の方から誘ったくせによ!そう思いながらグラスを傾けていたら、バッチリ決めたケバい女が隣りに来た。
「お隣り空いてますか?」
「え?、ああ、はい、どうぞ」
「お一人ですか?」
「あ、いや、隣りにいる2人と来たんですけど、カップルだから僕だけのけ者なんです」
「ほんと?ちょうど良かった。私、引っ越して来たばかりでこの辺の様子が良く解らないんですけど、いろいろお聞きしてもいいですか?」
「ええ、僕で解ることでしたら何でも」
見た目はケバい。口紅塗り過ぎて唇の輪郭がさっぱり判らない。鼻は高いようだが、ベレー帽のようなグレーの帽子を深く被っているから顔立ちが全く判らない。
多分顔を知られたくないような仕事でもしてるんだろうな。
まあ、いいや、俺はもう女には騙されないから。
「どちらに引っ越して来られたんですか?」
「駅前のマンションです」
ニコッと笑った横顔は美人みたいだが、口紅の色が、血を吸った後のドラキュラみたいに真っ赤だ。あまり見ないようにしよう。
「駅前なら便利ですよ。西口右手には大きなショッピングモールがあるから大体のものはそこで購入出来るし、美味しいものが食べたかったら東口出た通りにおしゃれで美味しいお店がたくさんありますよ」
「そうなんですか、ありがとうございます。私、麺類が大好きなんですけど、特に日本ソバが好きなんです」
「ほんと?僕もソバが大好きなんです。それなら東口の商店街からちょっと行ったところに "かまくら" って言う十割蕎麦のお店があるんですけど、麺もつゆもとっても美味しいんですよ」
「本当ですか?嬉しい!聞いてみて良かった!あと、フレグランスバーってありますか?」
「うーん、フレグランスバーって言えるかどうかは分からないけど、香水を取り扱ってるブランドショップだったら駅前のショッピングモールの中にありますよ。
どんな香りが好きなんですか?ローズ系とかシトラス系とか」
「私はウッディな香りが好きなんですけど前住んでたとこにはなかったんですよね」
「僕もウッディな香りが好きなんです!シャワー浴びたあと、いつもタムダオをシュッとひと吹きするんですよ。
僕の場合は、もう買う物が決まってるからネットショップで買ってるんですけどね」
「ふふ、そうね、私も欲しい物はネットが多いんだけど、たまに他のウッディな香りも試してみたくなるのよね」
うわ、なんか、"ふふ" って可愛いなぁ。
「フレグランスもネットの直営店だったらいろいろなのがあるよ。2mlくらいのお試しパルファンもあるしね」
「はい。私も時々利用してます」
そう言ってニコッと微笑んだ横顔もいいなあ。
こっちを向いてくれないかなぁ。
「この町ね、蕎麦屋さん3軒あるんだけど美味しいとこと美味しくないとこがあるから詳しく教えてあげようか?」
「ありがとう!教えて!」
「じゃ。あっちのボックスが空いたから移ろうよ」
「あ、それはダメ。カウンターがいいの」
なんで?正面から顔を見られたくない?
指名手配でもされてるのか?
そんな風には見えないけど、やっぱ深い帽子被ってるし、口紅も輪郭が判らないくらい塗ってるし、目尻のアイラインもぶっとくってどこまでが目かさっぱり判らない。
こりゃホントに指名手配されてるかもな。
直接聞いて、反応を見てみよう。
「え?どうしてボックスダメなの。指名手配でもされてるの?」
彼女はケラケラ笑いながら言い始めた。
「そんなんじゃないけど、顔を見られるのが嫌なの、美人じゃないから」
「え?美人だよ、横から見たら。
いや、だから前から見ても美人だと思うよ。
それに俺、全然面食いじゃないから」
俺、何言ってんだろ、初対面の女性に。
「いいよ、じゃカウンターで並んで話そ、何か説明しにくいけど」
「良かった、ありがと。私、指名手配なんかされてないし、男の人騙したりもしないから安心してね」
なんか信用できそうな気もするけど、自分から騙しますなんて言う人いないもんな。クギさしとこ。
「俺、以前女の人に騙されたことがあってお金はもう全然ないんだ」
彼女は一段と笑った。明るくて感じがいいし、悪い人には見えない。
紙に簡単な地図を描いて説明してみるが、顔をこちらに向けず、横目で見ている。
やっぱり怪しいよな。
「俺、佐藤浩二と言います。浩二って呼んでください。
あなたはなんて呼べばいいですか?」
「私は鈴木芽依です。芽依って呼んでください」
多分本名じゃないよな、ま、いいや。
「じゃ芽依さんて呼ばせてもらうね」
俺は芽依さんに蕎麦屋さんやパスタ、ランチの美味しい店も教えてあげた。
地図を描いたメモは2人の真ん中にあるのに、芽依さんがこっちを見たがらないから俺も見ちゃいけないような気がして、2人ともカウンターの上にあるピーナツを眺めながら話してる。やっぱ普通じゃないよな。
楽しいんだけど。
あ、そう言えば植木達が消えてる。
携帯を確認すると、植木からLINEが入ってた。
「10時まで隣りのカラオケに居るから気が向いたら来てちょんまげ!」
ダメ元で誘ってみた。
「一緒に来た友達がカラオケに居るから来いって。一緒に行かない?」
「私、そろそろ帰るから行って。今日はありがとう。とっても助かりました」
そう言いながら初めて俺の方を見てくれたけど、深く頭をさげたからやっぱり顔は、よく分からない。
「僕、明日も来るから聞きたいことあったらまた来てね」
余計な一言かなと思ったけど、反応は良かった。
「はい、多分明日も来ます。お休みなさい」
「お休みなさい」
いいなあ…なんか明日がすっげー楽しみ。
それからカラオケに寄って、俺は青春を実感しながらマイクを独り占めして、ヒゲダンやあいみょんの曲を熱唱した。
植木も未央ちゃんも口をあんぐり開けてあっけに取られてたが、俺はそんなことどうでも良かった。
芽依さんの "ふふ" って笑った横顔が俺を幸せのオーラで包んでる。
マイルームに帰っても幸せのオーラは消えず、夜空に星は全く出てなかったけど、薄暗い雲さえ愛おしく思えた。
おやすみ、めいちゃん
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