第17話 これでもリア充⁉︎

12月25日金曜日、どんより曇って寒いけど、俺の心は晴れていた。

もう優ちゃんの爆弾発言にハラハラすることもないだろうし、それどころか昨日はすごく元気をもらえた。彼女は素敵な女性になるよ、俺が保証する。



8時4分にカランコロンを開けるとやっぱりみんな揃ってた。いったい何分に来てるんだろ?


「おはよ、みんな早いね、何分ころ来てるの?」


ご機嫌な植木が答えた。


「僕たち3人は最近8時ちょうどに来てるんだ。鳥居夫妻は2分くらいかな?

あんまり変わんないよ、オーダーもこれからだし。お前何にする?」


「俺はバタートーストがいいな」


「え?お前、俺って言うことにしたの?じゃ、俺も俺にしよ。なんか、急に親しさが増した感あるね、俺はホットサンドだな、未央ちゃんと優ちゃんはパンケーキなんだよね?鳥居さんは?」


おばさんは今日もニコニコしてる。おじさんは存在感薄くて、いつも新聞を読んでいる。


「私達はサンドウィッチにするわね。あとブルーベリーヨーグルトもお願い」


いつものように玲さんが注文を取りにきた。


玲さんはいったい何歳なんだろう。俺よりは上だと思うけど、まだ30歳にはなってないよな。

優ちゃんは確かに顔つきが以前と全然違う。

明るくなって前向きでいい感じだね。このままで居られたら本物の彼氏もすぐできるよ。


植木と未央ちゃんは楽しそうなカップルだし、鳥居夫妻は自然に仲のいい夫婦だし、なんか俺だけ何もない感じするなぁ。


モーニング終わって、仕事も終わって、"ダークブラウン" で一息ついて、コンビニでディナーの惣菜買って暖かいマイルームに帰る。

土日は実家に帰ったり帰らなかったり。


そんな日々が年末まで続いた。

"ダークブラウン" のモーニングタイムにみんなで集まるのは11日月曜日からだ。

正月休みはかあさんに会ってないから、10日の日曜日には帰ることにした。かあさんが作ったおかずもそろそろ食べたいし。


朝はゆっくりマイルームでくつろいで、昼前実家に帰った。


かあさんがペペロンチーノとシーザーサラダを作ってくれたので、俺は食事のコーヒーをたてて、栗羊羹をたべながら久しぶりに話をした。


「今日は静かだけど教室ないの?」


「2時からあるわよ。体験教室も一緒だから準備が大変なの。羊羹食べたらちょっと手伝っていかない?」


「いいけど、俺は生徒さんが来る前に帰るからね」


「ええ、いいわよ。あ、そういえば体験教室の二人は、浩二さんの友人ですって言ってたけどわかる?」


「ええ?何、それ、ええ?嘘だろ!それって、ひょっとして1人はうちと同じ佐藤じゃなかった?」


「そうそう、20代の女の子2人よ。知ってる?」


「知ってるも何も、平日毎朝一緒にモーニングしてる2人だよ、前言ったろ?」


「ああ、やっぱりね。そうかな?とも思ったけど。へんな人達じゃないでしょ?電話の声もすごく感じ良かったわよ」


「いい子達だけど、俺が嫌なんだよ!あのおばさん達と一緒なんだろ?」


「日曜日だから一緒になるわね。いいじゃない、別に。そんなに変なことまで言わないわよ」


「言うよ!言うに決まってるだろ!

母さんが居ない時にある事ない事言うよ!

俺が女に騙されてメシも食えなくなって死ぬんじゃないかと心配したとか、家から出られなくなって仕事も辞めたとか絶対言うよ。

それも大げさに脚色して言うに決まってるって!」


「じゃあ、どうすればいいの?生徒さんを断ったりできないわよ」


「俺は絶対嫌だからね!なんでこんな教室なんか始めるんだよ!販売してる時だって結構収入あったじゃないか!迷惑だよ、本当に!」


「そんなに言わなくてもいいでしょ、母さんの生きがいなんだから。一緒になるおばさん達には息子の知り合いだからそのことは黙っててねって言っておくから」


「黙っててって言って黙ってるようなおばさん達じゃないだろ?もう解ってんだからね、母さんが俺には言わないでねって言ってんのに、俺にいろいろ質問して来て、お母さんには内緒にしてねって平気で言うんだぜ!

優ちゃんと未央ちゃんが行ったら面白がっていろいろ言うに決まってるって!

ああ、本当に嫌だ!勘弁してほしい!」


「どうしようか?困ったね…」


「いいよ!どっちみち今日は来るんだろ?

母さんが断る訳にはいかないんだから、俺がなんか理由考えて、明日やめた方がいいって言っておくよ。

もう来たらいけないから帰るね」


嫌だなあ、本当に!

俺はもうリア充のはずだったのに、優ちゃんと会ってからめちゃくちゃだよ!

あー、昔のこと知られたくねーなあ。でもなんて言ってやめさせればいいんだろ、全然浮かばないや。

それにもしかしたら今日すでになにか言ったかも。4時には終わってるはずだからちょっと聞きに行ってみよう。

明日からまた毎日会うのにあんな見っともない過去を知られたらもう堂々と会えなくなるよ。やだなぁ、本当に。


俺はもう自分のことしか頭になかった。この時もこの後も暫く…


午後4時7分、実家の駐車場に車を停めて教室の方をそーっと覗いてみた。

と、横からおばさん達がドドドドっと俺の方に向かって来た。


「ねえ、ねえ、浩ちゃん!お母さん何かあったの?どこか具合悪いの?」


「いえ、別に何もないと思うけど、どうしたんですか?」


「あのね、教室の方ちょっとお休みしたいって言うからどこか具合が悪いんじゃないかと思ってね」


あ、俺のせいだ。別にそこまでしてくれって頼んでないのに!

そうだ!俺からこのおばさん達に懇願しておこう。


「小川さん、今日20歳くらいの女の子2人体験に来てなかった?」


「来てた、来てた。2人とも可愛くて感じのいい娘さんね。なに、なに?どちらが彼女?」


ほら来た!キッパリ言っておこう。


「あのね、2人とも全くただの友達なの。でも毎日顔を合わす人達だから、僕の昔のことは絶対言わないでくれる?

もし、知られたら僕、恥ずかしくてもう次の日から仕事もできなくなるから、絶対言わないで欲しいんだ」


「まあ、可愛いわね、あんなのよくあることよ。今はちゃーんと仕事もしててイケメンなんだから昔のことなんて笑い話にしちゃえばいいのよ」


ああ、手強い。頼むから言わないって言ってくれ!


小川さんの肩をガッと掴んで頭を下げた。


「お願いだから絶対言わないでよね。この通り、お願いします!」


俺の本気が伝わるか?


「はい、はい、解ったわよ。絶対言わないから安心して」


良かったー。はい、はいの軽さが気になるが、絶対が付くから多分暫くは持つだろう。

言うなら自分の口から言いたいので、折りを見て自分の言葉で言っておこう。


スピーカー小川に言っておいた。


「かあさんが教室やめるかもって言ったのはそのせいだから、俺からやめないよう言っておくから気にしないでね」


「ああ、そうだったのね。そんなこと気にしなくていいのに。絶対言わないから安心してね」


ああ、良かった!俺はその足で母さんにも伝えに行った。かあさんはホッとしてたが、少し元気がなかった。


「あの2人は来週から来るの?」


「ええ、他の生徒さん達ともすぐ仲良くなれて、凄く楽しかったって言ってたから多分来週から始めるんじゃないかと思うんだけど」


「それでいいよ、もう手は打ったから大丈夫。そのうち自分の口から言っておくからもう気にしないでよね」


かあさんは泣きながら言った。

「ごめんなさいね、いつも嫌な思いさせて。なんか、かあさんばっかり好きなことしてるわよね」


「そんなことないよ!冷静に考えてみればどういうほどのことじゃないよ。もう全く気にしてないからかあさんも忘れて」


「そうね、そうしましょ」


パック詰めしてもらったおかずを持ってその日はマイルームに帰った。


かあさんに作ってもらった肉じゃがを食べながら俺は罪悪感に駆られた。


かあさんには泣いて欲しくなかった。


にいちゃんのこともそうだ。かあさんのせいだろって俺が言った時に叱ってくれたら俺も反省して終われたんだ。

それなのに、しばらく泣かれたから俺はどうしようもなく自分を責めたんだ。未だに引きずってるよ。その上今日のこれだ。

ホトホト自分が嫌になる。

また脱力感に襲われている。だがもう慰めてくれる人を求めたりはしない。女に騙された後の脱力感は半端じゃない。


そうだ、忘れてた!アロマをつけよう。


ああ、やっぱりこの気分だな。


多分、過去を一番引きずっているのは俺なんだろうな。かあさんは普段生き生きしてる。俺は少しのことですぐ凹む。でも立ち直りも早くなったと思うけどな。

タムダオを胸元にひと吹きしてみた。ああ、やっぱり癒されるなあ。


明日のモーニングの時に多分未央ちゃんが体験教室のこというだろうな。

俺も話せそうだったら全部言っておこう。

いや、全部は無理だかある程度のことは言っといた方がいいだろうな。

生徒のおばさん達はあることないこと面白がって言うと思うけど、全部聞き流して。

これを忘れず言わなきゃな。


よし、もう寝よう、星の光に抱かれて。



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