第16話 Xmas eve は誰と⁉︎

12月24日木曜日、天気もいいし、暖かい。


昨日のクリスマスパーティーが無事終わって、爽やかなモーニングのはずなのに、その後の悪夢が甦る。

でも、ひょっとしたら優ちゃんは覚えてないかも知れないし、覚えてたとしてもみんなの前でそんな話はしないだろうから俺も忘れよう。

少し遅れて8時3分にカランコロンをあけた。やっぱりもう5人とも揃っている。

俺の席はやっぱり優ちゃんの向かいだよな。鳥居夫妻は和のセット、植木と未央ちゃんはパンケーキ、俺と優ちゃんはバタートーストだ。

優ちゃんは機嫌良さそうな顔をしている。

昨夜の爆弾発言を覚えているのかどうかちょっと気になるが、更なる爆弾発言を招きそうな気もするので触れないでおくことにした。

鳥居夫妻は優ちゃんパパと直接話せたことが凄く嬉しかったようで優ちゃんに解説していた。

会社の方に落ち度はないが、ちゃんと長男の死が無駄にならないよう対策をいろいろ考えてくれているそうだ。

そして、こんなことも言っていた。

正直に言うと、優ちゃんが社長の娘さんだと知ってて近づいたんだと。

最初、社長の娘さんは元気に生きてるっていう妬みがあったけれど、優ちゃん自身も深く傷ついていることや、自分達の正体を知っていて優しくしてくれること等考えると自然と仲良くできたそうだ。

やはり、鳥居夫妻は悪い人達ではなかった。

優ちゃんが明るく前向きになれたのは二人のお陰かも知れない。

植木と未央ちゃんが俺と優ちゃんの方を見ながらクスクス笑っている。

まさか、昨夜の悪夢を知っている?

植木が意味ありげな顔で俺に聞いた。


「昨日は優ちゃんを家まで送ってってあげた?」


俺が答える前に優ちゃんが身を乗り出して答えた。


「はい、タクシーでマンションの下まで送ってってもらいました。それだけです!」


ああ、良かった、覚えてない。いや、覚えていない言い方ではない!覚えている言い方だ!どうしよう、いや、いい。俺は酔っ払ってて覚えていないことにしよう。そうだ、あれは夢だ!酔っ払って見た悪夢だ。もう忘れよう。絶対忘れよう!

幸い優ちゃんも触れたくないようだし。

そうだ!一応言っておこう。


「昨日は結構ビール飲んだから帰りのタクシー乗ってからもう殆ど記憶にないんだ。

優ちゃんも結構ビール飲んでたよね」


そう言って優ちゃんの方を見ると、なんか俺を睨んでる。


「はい、私も覚えていません」


そう言わしたいんでしょ?って目つきだ。

こえーなぁ。

今夜はクリスマスイヴだ。みんなはどうするんだろう。聞きたい気もするけど、優ちゃんの番が回ってきたら恐ろしいし、やっぱ止めとこう。俺がそう思ってせっかく止めたのに、植木がニヤけた顔で聞いてくる。


「今日のイヴなんだけど、僕と未央ちゃんは隣町のイルミネーション観て近くのレストランに行く予定なんだ。鳥居さんは駅前の高級フレンチ行くんでしょ?

浩二と優ちゃんはどうするの?」


植木よ、頼むから無神経にくっつけないでくれ!優ちゃんがキッパリ言った。


「私達は何もないんです!家に帰ってひとりで過ごします!」


完全に目が座ってる。植木は謝るしかなかった。


「あ、そうなんだ、ごめん」


優ちゃんが俺を睨みつけながら言った。


「浩二さん、私をどこかに連れてってくれませんか!」


うっわー、こえーなぁ、なんか、永久にどっか連れてかなきゃなんねーような迫力だ。

植木がこーゆーときにはすぐ調子にのるんだ。


「おお、いいね、いいね。優ちゃんから頼まれてんのに、お前まさか断ったりしねーよな?」


お前が言うな!断りてーよ!

断りてーけどアイツの目を見てみろよ!俺を睨みつけてるぞ。

鳥居夫妻の目も見てみろ!まさか断らないよね?って言ってるだろ!

俺はどうすりゃいいんだ、行くしかないだろ!


「優ちゃん、どこか行きたいとこあるの?」


「あります!

隣町のイルミネーションも観たいし、レストランも行きたいけど、私の部屋か浩二さんの部屋でもいいです!」


やめてくれ!


「じゃあ、4人で隣町のイルミネーション観に行こうよ!」


俺はすがるような目で植木と未央ちゃんを見たのに、あっさり首を横に振られた。

家にだけは来て欲しくないし、行きたくもない。ではレストランか?早く食べ終わるのってなんだ?ラーメンか、うどんか、牛丼!立ち食いソバ!とても言えねーなあ。

あ、もう40分だ。


「優ちゃん、時間なくなったから後でLINE入れるね」


みんなもいつもの時間になったので一緒に店を出た。

ああ、またアイツの爆弾発言のせいでこうなってしまった。

いったいどこに連れてきゃいいんだよ。

もう仕事終わるまで忘れたいよ。

そうだ、優ちゃんに決めてもらおう。

俺は


「仕事が忙しいから優ちゃんが行きたいとこ決めておいて」

とラインを入れた。

ちょっと嫌な予感はしたが、今日の仕事は少し複雑だったのでそのまま没頭した。

昼休憩にラインを見ると何個か入ってて一番下に、


「うちのマンションに着いたら

LINEくださいね。

すぐ迎えに行きます」 11:40


迎えにってどういうことだよ。

不気味な気持ちで上のLINEを見ると


「では、ちょっと近くのレストラン

を当たってみますね」 10:27


「レストランどこも予約で

いっぱいでした」 10:49


「私の部屋にしませんか?」 11:02


「今日早く仕事終わるから

いろいろ作って待ってますね。

シャンパンとビールも買って

おくので何も要りません、

お仕事終わったらそのまま

来てくださいね」 11:30


どうしよう、困った。

まさか、もう言い寄られたりしないよな?

早めに切り上げるようにしよう。


何も要らないってことはプレゼントでも買って行った方がいいのかなあ。

でもあとに残るものはいやだし、そうだ、"ダークブラウン" でコーヒー豆とチーズケーキを買って行こう。それから一度帰って6時半にマイルームを出て8時半くらいに優ちゃんちを切り上げよう。よし、完璧だ。

仕事が5時過ぎに終わったので、"ダークブラウン" に寄りコーヒー豆とチーズケーキを買ったが、案の定、玲さんに聞かれた。


「優ちゃんとクリスマス過ごすの?」


「そうです」


いろいろ補足したかったが、余計いろいろ聞かれそうなので止めておいた。


女の子と二人きりでクリスマスを過ごすというのに全然嬉しくない。

気が重いなあ。ほんと、早めに帰ろう。


マンションの下に着いて優ちゃんにLINEを入れるとすぐに降りて来た。

2階に上がり、優ちゃんの部屋に入った時はちょっとドキッとしたがやっぱりすぐに気が楽になった。なぜかと言うと、俺の部屋と似た香りがするのだ。なんかリラックスできる香りだ。


「優ちゃん、なんかいい香りがするね」


キッチンに居た優ちゃんはこっちを振り向いて嬉しそうに言った。


「わかる?サンダルウッドとラベンダーのリードディフューザーをチェストの上とカウンターの角に置いてるの」


「そうなんだ。

僕もサンダルウッドの香りが好きなんだけど、リードディフューザーって何?」


「竹ヒゴみたいなスティックを瓶に何本かさして香りを染み込ませたものよ。

キツくないから結構いろんなところに置いてあるの」


「うーん、なんか自分の部屋にいるみたいな気がするなあ」


「そうでしょう?私が一番最初浩二さんと会った時ね、こんな香りがしたの!

ほら、私を道路からバス停に寄せてくれた時!ママと同じ香りがしたの!」


「あ、それなら多分タムダオだな。毎朝付けてるから」


「そう!タムダオ!ママも毎日付けてたの」


優ちゃんはサラダやフライドチキンをカウンターの上に出しながらそう言った。

俺は渡されたものを運びながら最初会った時の優ちゃんの言葉を思い出した。


「あなたは誰ですか?」


そうだよな、ママと同じ匂いがするんじゃ他人とは思えないよな。


「香りって不思議だね、自分の好きな香りに包まれるとそこが居心地のいい空間にかわっちゃうもんね」


「うん。だからだと思うの。浩二さんが近くにいるとなんか運命の人みたいな気がしてきちゃって、つい、浩二さんを困らせるような突拍子もないこと、何回か言っちゃったのよね。

いろいろとごめんなさい!

でも、もう大丈夫だから。

運命の人だって勘違いしたのは香りのせいだったって解ったし、浩二さんにも解ってもらえたから。

私、浩二さんと鳥居さんのお陰で凄く前向きになれたんです。回りの人にも心配かけちゃいけないってこの年になってやっと気づいたの」


「うん、この年って優ちゃん何歳なの?」


「21です。今度の2月で22になります!なんか大人気ないからそんなに見えないでしょ?」


「うん、まだ20歳前くらいに見えるね」


「でも私、最近凄く前向きなんです。

自分がどんどん強くなってるのが解るんです。

みんなでモーニングしたあと、とっても気分がいいの。

パパにもやっと優しくできるようになったしね。でも、モーニングにはあんまりあのスーツで来てほしくないんだけどな」


「そうだね、なんかあの立派なスーツ見ると緊張するね。でも、鳥居夫妻とも仲良くなれて本当に良かったよ」


「あ、このチキン美味しいから温かいうちに食べてね」


そう言って骨付きチキンを2本お皿に取ってくれた。


そのあともサラダやピザを取り分けてくれて、ビールも飲みながら結構いろいろな話をした。


もう床に取り憑かれてもいないし、俺を睨むこともなかった。


優ちゃんはすぐに素敵な女性になるだろう。なんだかそう思えた。


予想に反してもう9時を過ぎてしまった。


「優ちゃん今日はありがとう。

なんか、いろいろなことが納得できたし、とっても楽しかったよ。

今度はうちにも来てよ。同じ匂いがするから」


ん?余計なことを言ったかな?


「ありがとう。じゃあ、お暇な時に未央達と3人でお邪魔させてね」


「オッケー、じゃあ、ここでいいから。

また明日ね。おやすみ」


「おやすみー、また明日」


下に降りて、何気なく優ちゃんの部屋あたりを見ると優ちゃんもベランダから手を振っていた。


今日はいい日だったな。


貞子の夢を見ることはもうないだろう。

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